書物蔵

古本オモシロガリズム

図録が安くて良いのにはワケが

書店で無料でしか手に入らないチラシ「これから出る本」にコラム「本の周辺」があって、そこに、展覧会図録についての提言があった。
樺山紘一ミュージアム・カタログを市場に」『これから出る本』(2007.1上期)p.7
これを要するに、
図録は価値があるのに書誌コントロールが及んでないし、公共図書館にもないが、

ほかのイラスト付きの出版物とくらべると、かなり安価。つまり絶対のお買い得

という。現在、西欧では5000円程度はするのに、日本では2500円程度だと。
けど、樺山先生がいうには、

まるで地下出版のように、世間の眼をはばかるように流通している。(略)〔けど古書市場にはあり〕不自然きわまる。ここらで抜本的な改革が必要だろう。つまり、専門のミュージアム図録販売店をつくる。

樺山先生、いま印刷博物館長やってるとのことだけど… 部下にはみせたのかなぁ?
だってわちきの理解では、展覧会図録はまさしく、現行法制下の発禁本(発売禁止本)なんだもの。

図録は発禁本?!

価値ある図録が安価にできて、かつ流通がないのは、著作権法(権利の制限)のおかげ(せい)ではなかったかな。
あくまで展覧会に付随する説明書にすぎず、市場へ流さないから、著作権処理もしなくてよくて、絵のような1枚で1著作のようなありがたい著作さまを何枚でも自由につかえ、結果として安価、かつ良くなるのではなかったかなぁ。
「地下出版のよう」なのはむしろ当然で、そもそも(通常の)流通を禁じられているものではなかったかと。

(美術の著作物等の展示に伴う複製)
第47条 美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第25条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。
http://www.houko.com/00/01/S45/048.HTM#s2.3.5)(強調引用者)

この場合、著作権法第47条でいう「小冊子」が、具体的にはなんなのか、この「小冊子」はどんな場合に売ることができるのか、ってのを見つけてこないと、せっかくの提言も絵に描いたモチ。
あわててググると、きちんと判例もあるらしくて、
(注意、pdfだよ:http://www.jpaa.or.jp/publication/patent/patent-lib/200601/jpaapatent200601_064-066.pdf
要するに、

市販できるような立派な図録は、図録(47条小冊子)じゃなくて、ただの画集になっちゃう(から、著作権制限の特権はあげられんよ)

ということらしい。
判例そのものは、
バーンズコレクション事件 東京地裁平成10年10月20日(平 6(ワ)18591))
http://www.jpaa.or.jp/publication/patent/patent-lib/200601/jpaapatent200601_064-066.pdf
レオナール・フジタ絵画複製事件 (ってこれは同図録事件とは別みたい)
で。
じゃあ立派じゃない47条小冊子ならば展覧会期間でなくても売れるのか、展覧会場でなくても売れるのかについては、ネットだけじゃあわからず。やっぱ、行政官僚さまのコンメンタールじゃ。
日本の法律ってのは法文だけじゃわかんなくて、結局は、行政官僚さまがアルバイトでやっているコンメンタールを見ないと、わからんの。
コンメンタールをみて、行政解釈だか、法文だかを具体的に「ここんとこ変えてくれんかね」というのが提言としてはよろしいのではと。
いちど引いたけど、また引く。

山口〔宏〕 (略)文化系知識人の方は,非常に大味な議論として政府批判ですとか国家批判をいろいろされるわけです。(略)そういう方たちにここで改めて言いたいのは,やはり行政法についての議論,そこで論じられていることをある程度研究されたうえで,あえて大風呂敷とは申しませんが大味な議論をしていただくと,もっと議論が実質化すると言いますか,現実に力を持ってくると言いますか,官僚にとっても脅威になるだろうと思うのです。それがひいては,建設的なかたちで実際の現実を動かす力になりうるのではないか。(副島隆彦,山口宏『法律学の正体(新版)』洋泉社 2002 p.272)

樺山先生が「不自然極まる」というのはまったくそのとーりなんだけども、それが関係者に商才がないせいにみえるのは、まさしく先生が文化系知識人だからではないかしら。
47条で著作権が制限されとるから、安くってイイものができておる。
ん?
そーすると、著作権を制限したほうが、安くってイイものが出来るということになっちまうのー(・∀・) 先生の認識が正しいとすれば、この展覧会図録ってのはその実例というわけさね。

追記(2006.1.6)

著作権法コンメンタールは、これ↓
著作権法逐条講義 / 加戸守行. -- 5訂新版. -- 著作権情報センター, 2006.3
これの47条のとこをみると、会場外で、会期中でない時期に売ってもいいのかどうかは直接かいてない(´・ω・`)
ただ、来観者数(の予想)を大幅にこえた部数を刷るべきではない、という趣旨のことが書いてある。
これを敷衍すれば、47条小冊子は、来観した人に、つまり会期中に来た人に売る(それで売り切る)ことを想定しているとしか読めない(ってあたりまえか)。
文化庁としては(じゃかなった、タテマエでは、この著者個人の見解なんだった)、そう思えますけど、ってなハナシで、実際のとこは判例とかがでないとなんともいえんのだけど。わちきは法学はあまりくわしくないんでしらなにゃい。
あ、47条小冊子の値段については実費以上に儲けをいれてもいいとある。素人感覚からはちょっと不思議だけど。
すべての法律について、学者や法曹実務家たちが何種類かのコンメンタールを出しててくれるんなら、コンメンタールを(買ってきてor図書館で多数比較して)読むのもたのしいんだろーけど。
立法に業務としてたずさわったお役人さん(いまは愛知県知事)のポケットマネーになるもんが1つきり、と思うと、なんとなく買いづらいなぁ…(だから立ち読み)。まあでも、日本ではしょうがないようですの。
ちなみに国会会議録DBをひっくりかえしても、47条については質疑はみあたらず。

附 レオナール・フジタ展事件(レオナール・フジタ展カタログ事件、レオナール・フジタ展小冊子事件)

あるサイト(http://www.tetras.uitec.ehdo.go.jp/download/GinouGijutu/199806/19980615/19980615.txt)によれば、

 「たとえ,観覧者に頒布されるものでありカタログの名を付していても,紙質,規格,作品の複製形態等により,観賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものとみられるような書籍は,実質的には画集にほかならず,右の『小冊子』には該当しない。本件書籍は,実質的にみて観賞用として市場で取引されている画集と異なるところはないから,47条の『小冊子』には該当しない」
東京地裁平成元年10月6日判決,無体財産権関係民事・行政裁判例集21巻3号747頁,判例時報1323号140頁掲載)

と判示したという。
このサイトの著者も、上記コンメンタール(の以前の版)を引きながら、

本条の適用によって作成される小冊子は画集あるいは写真集等の商品の利益を害することがないこと,すなわち,観覧予定者数を大幅に上回る冊数を印刷し市場に置く等は本条の許容するところでない

と解釈しているから、たくさん刷ってだれでもいつでも買えるようにする、ってのは、現行法規の解釈(の多数派)によればむりのよう。
やっぱり、

展覧会図録は、現行法制下でめずらし発禁本だった

のか(´・ω・`)
ところで、つぎのものがそれ?
レオナール・フジタ展 = Exposition Lenard Foujita / アート・ライフ編集・制作. -- アート・ライフ, 1986

追記(2006.1.7)必ずしも著作権コストではないかも(^-^;)

「てきとうにかきちらし」さんが関係者に聞いたところによれば(http://d.hatena.ne.jp/ajitak/20070106)、実態としては47条小冊子にあたる展覧会図録はあまりなく、多くは著作権処理されているとのこと。また、それらが安価なのは、公立美術館の価格政策によるとのことであった。
うーむ(゚〜゚ )
もしこれらの証言が妥当なら、やっぱり美術館関係者に商才がない、って樺山先生のご指摘が正しいことになるが…
わちきがあたったのは、博物館経営系のハンドブックで、図録についてはほとんどなにも書いてなかったのだ(´・ω・`) 図書館は研究活動をしないから、展示は少しはするにしても立派な図録を出すようなことはなく、図書館本系にはみあたらないし…
で、展覧会図録についての本をみるべきなのだが… どっかいっちゃってるのだ…(・∀・`;)
でも結局、47条小冊子が発禁本というのは変わらんのう