書物蔵

古本オモシロガリズムーー古本マニアの日々是趣味の人

戦前の洋紙生産ピークは昭和12年

東京出版販売の社長・渡辺伝が「出版界の歩み・昔と今」『学校図書館』(58)p.23~27(1955.9)に、戦前の洋紙生産ピークは昭和12年21億3000万ポンドだったが、その内訳のうち、新聞紙が6億ポンド、出版が3億ポンドだったと言っている。出典は書かれていない。二千七百万ポンド
dl.ndl.go.jp

日記:内々の忘年会に

コロナ禍中なれど、うちうちでやるとのことなので、ホントに数ヶ月ぶりに帝都高速度交通にて神保町へ進出す。
会館で森さんに会い、遅れ気味にて会場へ移動したら、会長さんがすでにできあがってた(・o・;)
MRくんを特別に呼んでいて、彼と森さんは初お目見え。なれど、MRくんは民俗学史をやりたいとのことなので、森さんとは取り合わせばっちり。民俗学史で盛り上がった、らしい―ってかわちき寿司とビールでお腹いっぱい途中で寝てた―結局、5時間もいて、これは密か?

永井久一郎(荷風のパパ)の偉さ――近代図書館のホントウの始まり

明治5年に湯島聖堂に「書籍館」が出来て、日本ではじめての近代図書館になった話は誰でも知っている。
が。
それらをまねて各県でできた県書籍館たちは、みなみな明治10年代末には絶滅してしまったことは、いままで専門家しか知らんかった。通俗図書館史では、発展段階に都合の悪い事実ははしょられちゃうからね。
それを指摘したのが『公共図書館の冒険』だったが。

公共図書館の冒険

公共図書館の冒険

  • 発売日: 2018/04/17
  • メディア: 単行本
唯一生き残った文部省「書籍館」と、府県「書籍館」との一番の違いは、新刊図書を集め続けたか否か。
みんな、近代図書館って新刊をどんどん足し込んで(なおかつ古い本を廃棄する)ってコンセプトがわからんかったんよ。
で、唯一、新刊を集め続けた「書籍館」なんだが、どうやって集めたかというと、もちろん内務省の検閲用納本を回してもらうようにしたんだが、同時に官立の学校からも新刊を回してもらうようにしていたことがわかった(∩´∀`)∩
帝国図書館の前身は、ちょうど東京書籍館の時代から、新刊をちゃんと集めるという近代らしい活動を始めていたことがわかるね

文部省達 九年二月十四日/直轄諸学校
直轄諸学校於テ編纂之図書及教則校則等印刷候節ハ自今一部ツツ東京書籍館ヘ廻付可致此旨相達候事
欄外:官立諸学校ニ於テ編纂ノ図書及教則校則等印刷スル時ハ東京書籍館ヘ一部ツツ廻付
法規分類大全. 〔第35〕 学政門 第1 学政総,学校 上
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994207/160

当時の事実上の館長、永井久一郎の偉さよ。

明治20年までの諸法令の主題検索をしたい場合

法規分類大全については次のサイトが参考になる。
historicalmethod.hatenablog.com
出版史研究への応用については、次を参照のこと。
『法規分類大全』(1890,1893)と『出版警察例規集』(1929)の新しい読み方:日本近代出版史の史料として 本文ナビ
林昌樹
2016.10,文献継承,第29号

帝国図書館の新聞紙、合冊は明治31年、洋製本は明治41なの?

同館では明治三十一年四月から東京の思のある新聞のみならず地方の主なる新聞をも購入し保存することヽなり内務省の調査したものに依つて大阪毎日、大阪朝日、山陽新報、福岡日々、北海タイムス、芸備日々、新愛知、横浜貿易其他で都合二十首を購入することヽなつてから爾来二十年一日の如くに東京の新聞約十種と共に一箇月分が纏まると一枚宛皺延しをやつて一先づ仮綴とし夫れから洋装の本綴じにして保存して居る
※『中央新聞』大正7年〓月〓日(新聞集成図書館v2,p.125)

帝国図書館における新聞の所蔵については、たしか1本あったね。

  • 「文書に見る帝国図書館の新聞収集--明治・大正期の歩み」『参考書誌研究』(6)23~36(1972-10)

この末尾年表を見ると、明治41年5月12日に「新聞紙洋装製本開始」とあるね
明治31年4月からの新方針は言及がない。

城市郎

ネットにあったこんなん読んだ(´・ω・)ノ

戦前の出版検閲についてはあまりわからず、むしろ、城市郎についてわかった。

湯原:米沢さんは編集者として、できるだけ網羅的な本を作りたいという方針がありましたので、貴重な資料があればどんどん入れていきました。城さんもそれを喜んでいると私は思っていたんですが、あとで『城市郎の発禁本人生』を作ったときに感じましたのは、自分の持っている本以外のものを淹れるのは、城さんとしてはあまり喜ばしくなかったんです(笑)。(p.49-50)

わちきがいふのもなんぢゃが、コレクターだからねぇ…

本のリスト(書誌)は星座にも似るというヽ('◡'◎)ノ

書評が出るような本の著者というものに『本のリストの本』でさせていただいた。幸いに好評で、編集者さんから小さい紹介記事にいたるまで、書評の類の記事が寄せられる。普段、書評を探すような仕事もしているので、これは実地に体験できてよかったことである。
昨日、共同著者の南陀楼さんから教えてもらったのは『週刊読書人』(2020.10.30)の書評「ホンの世界の多元性をあらわす:未知へ導く多彩なリスト、テクストとしても存在」で、長谷川一先生(メディア論)によるもの。
わちきが執筆した項目、戦前の雑誌新聞総カタログのとこが末尾で言及されていて、わが意を得たりであった。要するにリストは単に他の本のリストであるだけでなく、それ自体、本そのもの(テキスト)たりえるんだから、それ自体を読むことができる(おもしろがれる)ということ。
長谷川先生、わかってる!と思ったね(o^ー')b
あと本のリストを、星座に例えるのは秀逸だと思った(。・_・。)ノ
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児童書研究と大人の本研究

子ども、というと、囲い込んで保護する、ということになる。その伝でか、研究も子供研究は、一般のディシプリンから切り離されて研究される傾向がある。大人の文学は文学一般で、大人の風俗は、民俗学や風俗史で、大人の心理学は心理学一般で。それに対して児童○○学は一般と区別されるし、児童研究なんてのもある。たしか児童研究はNDLCでいうFA、教育学にぶち込んじゃうんじゃなかったっけか。
それで児童ナントカだとその文献をわりと見落としちゃう傾向にあるんだけれど、日曜に高円寺へ行ったついでに森さんを拾って、元ささま、よみた屋へ出張った際に拾ったものがこれ。

  • 日本の子どもの読書文化史 / 飯干陽 著. あずさ書房, 1996.1

一見すると先行研究のレビューや文献注形式でなく、うーん、これはイイホシ, アキラ, 1923-さんが、学校教員あがりの研究者だったからかしら、と思うが、少なくとも素材の収集はできている。

10/29追記

きのうは床屋のあと某社へ。社長さんに、教育学系の文献が研究としては至らぬ部分があれど、先行文献として使える件を戦前読書史のデータ集―これはまだ秘密―を例に話す。ってかアイデアは森さんの受け売りなんだがね。