書物蔵

古本オモシロガリズム

日本残酷物語?!(゚∀゚ )アヒャ 底辺の○○? 〝取り屋〟さん

やっぱす重要な資料は探せば出てくんのね。

  • 秋山健二郎, 森秀人, 山下竹史 編著『現代日本の底辺. 第3巻 不安定就労者』(三一書房、1960)

この本に、つぎの章があり、割と明確に「業界雑誌は〜」とありびっくり(◎_◎;)。
「4 記者という名の〝取り屋〟」p248-

鉄鋼関係のF社へ行ってみた。「この通りですよ」と、係が指したところには、封も切らずに十数種の小新聞や通信ものが、うず高くつまれていた。これらはそのまま屑屋に直行するのだが、手にとってみると、”週一回発行、年額六千円”とか、”旬刊、月四五〇円”などと驚くほど高い定価がついていた。ひどいのは、ワラ半紙にタイプで印刷した六頁もの(週二回発行)で年額一万円というものもあった。「読みもしない、PRにもいならないのに、どうして金を出すんですか」と聞いてみた。すると、「まあ、衛生費みたいなもいんですな」という話。〜

「そのまま屑屋に直行」って、もったいないね。保存されていれば、その業界のことがいろいろわかったろうに。

 〜これら業界新聞、業界雑誌は、本質において企業体における寄生虫といえる。たとえば、近年ブームの波に乗る電気業界には、弱電、強電を合わせて一〇〇以上の業界紙・誌が存在している。繊維業界にもいほぼ同数あるし、もっとも少ない部類に属する文具業界ですら、ゆうに五〇社を越える。どのような資料によっても、日本全体の業界紙・誌の実態をとらえることは不可能だろう。なかには、探偵社と同様に秘密的存在の社もあるし、紙をもたずに情報を口伝で売り歩く”記者”もいる有様である。p.248-250

「むろん、これらのすべてを”寄生虫”とはいはない。」といいながら、さらにその事例を挙げている。
加藤(おそらく仮名)という人は、万年筆メーカーのセールスマンだったが、定年後、「勝手知った業界の新聞をだすことにした。〜奥さんをただ一人の助手にして、自分は広告集めと記事をつくる、奥さんは印刷と発想ということに」「最初の発行部数は五百程度。広告を出すのはメーカー、問屋。新聞は旬刊で小売店にゆく。購読料などあてにしない。すべて経費は広告だけ。それでも一回出せば三万円、一ヵ月で九万円にはなる。差引三万程度の収入だ。記者は使えないが、どうにかつづけられる。」という。