書物蔵

古本オモシロガリズム

大日本帝国のビジネス・ライブラリイ

最近はやりの「ビジネス支援」。これって英語では、business library というらし。
この英語はいまでこそ「ビジネス・ライブラリー」とか「(図書館の)ビジネス支援」とか和訳されとるが、以前は(って、わちきのいう以前ってーのは昭和30年より前)、「実業図書館」「実業図書室」と漢語訳されとったのだわさ。
だから先般紹介した帝国日本のビジネスライブラリー小説には、「実業図書館」というコトバがでてくる。

私はアメリカの実業図書館(ビジネスライブラリイ)に関する調査を言いつけられた。調査といってもたいしたことではない。アメリカで初めてこの種の図書館を経営したダナとかいう〓

ダナって、ジョン・コットン・デイナ(Dana, John Cotton, 1856-1929)のことだね。今はデイナと表記されとるが、デーナとの表記もあり。

 で、こうしたアメリカのそれに範をとった試験的な実業図書室の係を言いつけられた私は、アメリカ的のそれにならって、ある日開業披露の広告ビラを二百枚ばかりも謄写版で刷ると、師走近い風の吹きすさんでいるなんとはない気忙しい近所の商店街を、一軒一軒配って廻った。その広告ビラの文句は忘れてしまったが、要するに中小商工業者の皆さんという呼びかけに始まり、皆さんの商売不景気の一つ大きな原因は、かの大資本をもったデパートの進出圧迫の結果である。デパートが安い品物を売れる一つの原因は調査機関が完備しているためである。これに対抗するには皆さんも共同の調査機関が必要である。わが実業図書室はその皆さんの共同調査室のお役に立とう。どうぞ、お出で下さいといった意味のものだった。(「未完の主人公」『作品集』v.4, p.34-35)

大企業の専門図書館でなく、中小商工業者のための図書館とは、まさしくビジネス支援であることですよ。

 こうして扉を開けて待ったが、期待に反し、訪れる者といったらまるでないのである。(「未完の主人公」『作品集』v.4, p.35)

あれまぁ(・∀・`;)
やっぱり利用者は少なかったんだ… でも、ビラを200枚まいたぐらいじゃあ、ぜんぜん宣伝にならないような気も…

大体毎日図書館に姿を見せる常連というと、揃いも揃ってどこか一風変わって見えるような者が多かった。(p.38)

まあ、そもそもこんな状況ではむずかしいわけだが。
結局、新田潤はお客さんの来ない実業図書室で小説をカキコしながら小説家に転進してしまい(昭和〓)、館長の秋岡梧郎満洲図書館大会を口実にした左遷でいなくなり(昭和12)、その後、この京橋図書館の「ビジネス・ライブラリイ」がどーなったのか、よーわからん(まぁ『市立図書館とその事業』あたりを見ればわかるかもしれんが)。
ただ、結局このような先駆的事例が定着しなかったんで戦後になると「実業図書館」なる概念がすっかり誤解されたものとして専門書に載っているのがわかる。

実業図書館(ビジネス・ライブラリイ)とは

『図書館ハンドブック』(初版1952)によれば。

実業会社百貨店や建築、映画その他実業のための図書館で、一面専門的な性質を有するが、学術的な調査でなく、通俗的な図書を要求することも多い。(p.233)弥吉光長担当

なおこれ〔研究(参考)図書館〕に類するものに実業図書館(Business libraries)がある。これは銀行会社百貨店などに設けられて、生産技術または営業上の参考資料を提供し、直接ないし間接的に企業に貢献するのが目的である。(p.27)石山洋担当

弥吉の概念規定はまちがいでないにしても、ちょっと弱い。企業の図書室との区別がどこまで意識されていたのか。公共図書館内に設置される意義が不明。
石山の記述は、ほぼ完全に企業の図書室のことをいっており、誤解ないし不適切。でもまあ、当時もいまも物書きという点ではすごいなぁとしかいいようがないが、いささか信用できぬ点もこれあり。