書物蔵

古本オモシロガリズム

なんとまぁ、渡辺太郎と辻井甲三郎のことが一度にわかる文献があるとは(×o×)

つれづれにググったら、マルクス経済学者の回顧談がひっかかった(゚∀゚ )アヒャ

杉本俊朗「経済学文献を語る(2・完)」『経済資料研究』 № 19, p.1-65.(1986.6)

(略)

【杉本】 それから谷津から湯ヶ島へ出て沼津へ行った。狩野川をわたった向こうの方でしたが,街はずれの松林の一軒家で古典社という古本屋をやっていた渡辺太郎のところへ行ったんです。そこで彼が出していた『図書週報』の欠けた号も補充してもらったりしたのかな。
【細谷】 渡辺太郎のことはまた後でうかがいます。

(略)
古書店の話
【細谷】 それから書物収集のところで,前回ちょっと漏れたところがいくつかあるんです。
【杉本】 その収集なんて話を前にしましたかね。
【細谷】 いや,あの飛び飛びに話をしたんですが,ページ数の都合でかなり削られちゃったんです。そこで今日聞きたいのは,古典社の渡辺太郎と辻井さんの話です。
【杉本】 『図書週報』っていうのを渡辺太郎っていう人が出したんです。この人は沼津の人で住吉町の古典社で出していて,ぼくは昭和10年11月からこれを取ってるんです。週報っていってるけど実際は月刊なんです。これが現物ですよ。
【細谷】 これは滅多にないもんですね。
【杉本】 これ 1部 3銭だよね。
【細谷】 3銭,何年ですか。
【杉本】 昭和10年からだからぼくが東大の学生のときです。こういうものが出てるっていうのをどこで知ったか忘れちゃったけど,ともかくこれを 1年分か何か払ってた。1年分36銭です。 ここに10年11月の142号からあるんです。 12年の 6月まではこういう版なんですね。それから, 162号からまたサイズが変わってこの版になったの。
【細谷】 よくまあつづいたもんですね。信じられないですね。個人でこういうことをやるとは。
【杉本】 それでほかの出版物もやってたわけです。 14年ぐらいまで、やってた。それで大庭相公の『或る古本屋太平記』なんて,このパンフレットみたいな本ですけど,ここから14年に出してる。これは昔発表したものをまたパンフレットにしたんでしょう。
【細谷】 驚異ですね。この人は夏目激石の友人ですね。
【杉本】 それと『古本売買の実際知識.!(昭和 6年)とか『明治大正発表禁止書目』なんてのを出していた。
【細谷】 『古本売買の実際知識』は私も神田の古本屋で、見つけて持ってますよ。あの著者の大島逸平という人は渡辺太郎ペンネームですかね。
【杉本】 さあ,知らない。
【細谷】 この大庭柯公っていう人は私は大塚先生から聞いたんです。ロシア革命のときに向こうにいた貴重な目撃者ですね。
【杉本】 彼は新聞記者でしょう。
【菊川】 ジョン・リードみたいな人。
【杉本】 「柯公追悼文集』っていう本をぼくは持っている。これは彼がソヴェート・ロシア入りして行方不明になったとき出した追悼文集ですよ。
【細谷】 先生,これは珍らしい本ですね。
【杉本】 大正14年に出たんだ。ところで『大庭柯公全集』ってのが出てんの。
【細谷】 ありますよ。戦前に柯公全集刊行会が 5冊出してます。
【杉本】 この追悼文集はその柯公全集刊行会が出したんだ。これにいろんな当時のジャーナリスト,長谷川如是閑とか土田杏村,鈴木文史朗,なんていう人が書いてるんだ。寒川鼠骨も書いてる。
【程島】 この人はやっぱり大ジャーナリストだったんで、すね。
【杉本】 そう,大ジャーナリスト。
【細谷】 それで、愛書家だそうですね。渡辺太郎さんて人はこの人にいろいろな本を売ったんでしょうね。
【杉本】 どうだったのかはわからないですが。それともう 1冊これだよ。『図書案内』っていうの,これは1934年 1号しか出なかったんだけどちょっと面白い本です。例えば目次を見ると「日本国国宝図書目録」「明治大正和歌歌集年表」「数学史著作年表」「平家物語本一覧」「支那刊行支那文学書」「ファシズム文献」「邦文邦訳へーゲル文献」「大正社会主義雑誌年報」,こういういろんなものの目録が入ってるんだな。
【細谷】 豪華絢燭たるものですね。
【杉本】 「愛書家」「全国儒者没年一覧」「見切り本月遅れ雑誌問屋名簿」とか,「全国収集家名簿」 これにぼくが載ったんだ。ていうのは,この人『図書週報』を買っている人を全部愛書家にしちゃったんだな。
【細谷】 それはそうでしょう,やっぱり愛書家ですよ。
【杉本】 その「愛書家名簿」っていうのは別に発売して,それも持ってたんだけどしまいなくしたのか,出てこない。それからそのほかにも『古本屋開業新案内』とか,こういういろんなものを出していた。この 『古本年鑑』もそうです。これは 8年から4冊出してるんです。
【程島】 これはきれいな本ですね。
【杉本】 「図書案内』はあんな函に入れて,しかも函がうまくできていて,このまま第4種で郵送出きるようになっている。
【細谷】 この人もアイデアに満ち満ちた人ですね。昔は面白い人がいましたね。今はそういうアイデアマンいないですよ。
【菊川】 この人は先生,その後どうなっちゃったかわかんないですか。
【杉本】 さあそれは聞いてません。古典社はもちろん今はもうないですけど,渡辺さんがどうなったか知りません。
【細谷】 渡辺さんのことを私は『日本古書通信』の八木福次郎さんに会って聞いてみたんです。そうしたら戦前,一度だけ会ったことがあるそうです。
【杉本】 へえ,どこで。
【細谷】 昭和11年に神田のお兄さんのところに来て,そのときお兄さんと一緒に会ったそうです。八木さんももう印象が薄れたんで,と言ってましたが,何か弱そうな感じの人だったそうです。それで戦後『通信』が復刊してだいぶ経ってから昭和28年に,住所を住吉町10番地と覚えていたんで,執筆を頼んだら書いてくれたんだそうです。私は八木さんの事務所でその文章を見せてもらいました。(渡辺太郎「人間八木の発見」『日本古書通信』第117号,昭和29年 1月。 「書き落したこと」「日本古書通信』第118号, 昭和29年2月〉これはどっちもお兄さんの八木敏夫さんのことをたたえた文章なんです。
【杉本】 その後はおつき合いはないの?
【細谷】 ええ,それっきりだそうです。
【杉本】 この『古本年鑑』なんかは古い大学の図書館では買ってあるでしょうね。
【細谷】 あると思いますけど4冊揃ったものはどうですか。
【杉本】 時々,今でも台本震の目録に出ますよ。
【細谷】 そうですか,高いでしょうね。
【杉本】 いや 1冊3千円か 4千円位じゃなし、かな。
【細谷】 それくらいで買えますか。
【杉本】 どれくらいの部数を刷ったのかわかりませんけど。
【細谷】 しかし,やっぱりこの 『図書案内』がいちばん面白いですね。
【杉本】 ともかく,ぼくは18年に伊豆へ行った帰りに彼のところへ寄って会いましたけれど。もう印象は忘れたが,いくつぐらいの人だったかな。
【細谷】 先生が会ったのは18年が最後ですか?
【杉本】 それが最後。前にも最後にも一度しか彼に会ったことはない。沼津の狩野川のへりで市街を外れた松林のなかの一軒家だった。戦後死んだらしいんだ。何かで見たんだ。
【細谷】 28年に 『古書通信』に原稿を送ってますから,その年までは元気だったわけです。八木さんは,沼津の古本屋さんに聞いたらわかるかも知れないって言ってました。
【杉本】 そう,わかるかも知れないな。それで彼も古本の販売はしてたんです。この『図書週報』にも自分のところの販売目録みたいなのがあったんじゃないかな。
【細谷】 それは当然そうでしょう。こういうのはロマンに満ちてますね。絶対にこういうことは今の人はやりませんよ。この「オオ役ニ立ツ」って書いてある「大いに」じゃないわけ。 「オオ役ニ立ツ」っていうんだから,昔は楽しいですね。
【杉本】 それがはじめてで,第一年とか何とか書いてあったでしょう。
【細谷】 今ここで見て驚いたのは,頭のところは日本人のつくった書誌学の論文の索引になってるんですね。
【杉本】 うん,だからよほど,そういうものを集めて,それを資料にしてこういうものつくったんだと思うんだ。
【細谷】 この八木さんの昔の『日本古書通信」も面白いなあ。

(略)

【細谷】 先生すみません,もう一つだけ教えていただきたいのは京都の辻井甲三郎さん。
【杉本】 あっ,辻井さん,これは例の古本屋分布図をつくった人。これは『全国主要都市古本店分布図集成』という長い題なんだ。
【細谷】 何年に出たんですか。
【杉本】 14年版というのがはじめてなんです。
【細谷】 戦前の最後ですね。そりゃあいい版ですね。
【杉本】 ガリ版なんですよ,これ。昭和14年 4月26日印刷完了5月5日納本 5月20日発行。頒価50銭ですが,発行者は大将軍鷹司町辻井甲三郎って人なんです。この人は,偶然ぼくが細川君に頼んで京大の同窓会名簿の古いのをもらって調べたら,昭和 6年の京大経済学部卒業なんだ。それから松江高校卒,死亡なんだ。もう死亡してるんです。
【細谷】 先生がお会いになったときは……。
【杉本】 いやぼくは会ってないんです,辻井さんには。
【細谷】 そうですか。私が八木さんに聞きましたら八木さんは一度京都の辻井さんの家を訪ねていますね。何で訪ねたかもう忘れたそうですが,たんすのなかに資料をしまってあったのでびっくりしたそうですよ。何か中学校の先生のような印象だったって言ってました。
【杉本】 それは戦前?
【細谷】 ええ,戦前です。
【杉本】 だから年はまあ機械的にいえばぼくより 6つ年上だからまだ80にもならないが,いくつぐらいで死んだかわかんない。
【細谷】 ああそうですか。
【杉本】 これ発行は雑誌愛好会っていうんです。辻井さんがこれをやってた。 180部印刷で,ちゃんと辻井っていうハンコが押してあるんだ。
【細谷】 メンパーを限定したんですね。
【杉本】 ぼくはこの地図を頼りに戦争中古本屋歩きをやったんだ。
【細谷】 これは貴重資料ですね。
【杉本】 これをつくるために協力者が各地にいて名前が全部書いてあるんだ。
【細谷】 ああ,かなり組織的にやったんですね。
【杉本】 『分布図』は「東京プロパー」「大東京西半部」「東京江東」の順。
【細谷】 手書きですね。
【杉本】 手書きガリ版,これがその神田古本街だ。
【細谷】 これは楽しいですね。
【杉本】 「神田古本店街西部」「日本古書通信」の広告が出てる。それからこれ「本郷」。思いことにぼくは後で書き加えたりして直したんだ。かえってこれの歴史的価値をなくしちゃったんだ。
【細谷】 まあこりゃしょうがない。 「早稲田」はすごかったですね。びっしりならんでたんですね。今は全然ありゃあしない。
【杉本】 「渋谷駅近傍」 それから「西南地区J. これ世田谷です。それから「慶大」「六本木近傍」「池袋」それから後「横浜」とか…・・。
【細谷】 飛んで「名古屋」。
【杉本】 それから「仙台」「新潟」「神奈川」。
【細谷】 全国のがH ・H ・0
【杉本】 これ植民地もあるんだよ。 「満州」があるんだよ。
【細谷】 楽しいですね。
【杉本】 この裏に地元の連中が奉天,大連なんかの解説をしている。
【細谷】 へえー,いいですね。
【杉本】 江東,神田,本郷,横浜,仙台,新潟なんかH ・H ・。
【細谷】 これは読物としても楽しいわ。
【杉本】 金沢,静岡。まあその報告の仕方はその土地の通信員の個性があるからいろいろ書き方はさまざまですがH ・...。
【細谷】 それはかえって面白いですね。
【杉本】 14年にね,これを持って地方の古本屋廻りをしたんだ。
【細谷】 先生,その辻井さんていう人は古本屋さんですか。
【杉本】 いや,違うと思う。雑誌愛好会っていうんで,正体はわからんですよ。昭和6年に京大の経済学部を出て,こんなことを自宅でやってた。これも奇人の類かもわからんけど。この同窓生か何かの生き残りに聞いてみればどういう人かわかるかも知れない。 6年卒ですからまだいるでしょう。
【細谷】 臨川書店とか京都の古本屋さんに聞いたら。
【杉本】 臨川か,あの。
【細谷】 本屋さんに聞くよりしょうがないです。
【杉本】 ところが京都の社会運動家で辻井民之助って人がいるんです。関西の社会運動の相当な人物,その辻井民之助と関係のある辻井かどうかなんです。これは細川君に調べてもらうよりしょうがないです。
【細谷】 そうですね。じゃあ細川さんに頼みましょう。
【杉本】 ぼくは.11月の祭日の 3. 4日かな,何日かに立命館で経済学教育研究会という会の創立大会があるんですが,そこへ出席するんです。そこでぼくのゼミの教え子の国分寺高校の先生が報告するんですよ。だから彼の応援の意味もあって京都へ行こうと思っているんで,細川君に会ってこれを調べてもらうつもりです。
【細谷】 先生,そのとき臨川にも寄って,調べてもらったらどうですか。どうも戦前にはこういう謎のかなり面白い人物が,何人かいるんですね。これからそれを発掘する楽しみがある。
【杉本】 辻井甲三郎はそれだけでなく『雑誌愛好』っていうガリ版のものを出してて,この地図を買ったらそいつを送ってきたんだ,一緒に。それが少し残ってるんです。
【細谷】 それも先生ぜひ見せて下さい。
【杉本】 それを持ってきましょう。
【菊川】 本屋であるかどうか,そりゃあわからないですね。普通こういうことをするのは大体本屋なんでしょう。
【細谷】 それから臨川は脇村さんが相談役になってますので知ってるかも知れませんよ。
【菊川】 うちの会長,ご存じかな。
【細谷】 ちょっと脇村先生に聞いてみて下さい。先生喜びますよ。それからもうひとりの本屋さんがいましたね。
【杉本】 守田有秋。この人は山川均の自伝に出てくるんだ。守固有秋って人は大正になってから社会主義的な外国の文献の輸入をやった。それで古い社会主義者だってことはぼくも知ってたんだ。ところがそれを何かで読んだ,その本の記憶が出てこなくて,それでしょうがないからこの塩田庄兵衛の『社会運動人名辞典』を見たら,独立項目にはなくて索引で出てきた。それで引いたら山川均のところで出てきた。
(以下略)

昭和6年京都大学経済学部卒業 松江高等学校卒業ということは。
1908年ごろの生まれ? 島根県か山陰地方の出身か?