書物蔵

古本オモシロガリズム

「全国主要都市古本店分布図集成」には前版があった(×o×)


さてもおどろいたことでし( ≧∇≦)ノ
なんと、数十部しか刷られなかった非売品の『雑誌愛好』の12、13、14をいっぺんに入手せり!`・ω・´)o
それでわかったのだが…
かねて一部で有名であった『全国主要都市古本店分布図集成』の昭和14年版にはその前にあたるものがあったのだ。
それは…
まさしく『雑誌愛好』第12輯がそれなり(`・ω・´)ゝ
以前の分析と、今回の現物とをあわせて書くと、かうなる!

『雑誌愛好』
編集者:辻井善三 発行責任者:辻井甲三郎
(1) 1932.8 26p. 200部 ※天野による
(2) 1933.11 16p. 概ね35部(以下おなじ) ※天野による
(3) 1935.1 16p. ※天野による
(4) 1936.3 16p. ※天野による
(5) 1936.7 40p. ※天野による
(6) 1936.12 54p. ※南陀楼氏蔵
(7) 1937.1 25p. ※天野による
(8) 「出たらしいが手許にはない」 ※天野による
(9) 1937.8 ?p. ※家蔵(10)による
(10) 1937.11 16p. ※家蔵
(11) 1938.? ※「来春ノ予定」と(10)末尾にあり
(12) 1938.12.15 31枚 43部(非売) 特輯「全国主要都市古本店分布図集成」
(13) 1938.12.25 20p. 43部発行 「「全国主要都市古本店分布図集成」ニ添ヘテ」 ※(12)の補遺
※『全国主要都市古本店分布図集成 昭和十四年版』 1939.5.20 49p. 180部 50銭
(14) 1940.11.11 18p. 60部
(15) 1941.4.25以降? ※『愛書家名簿(昭和16年版)』挟み込みの1941.4.25付け1枚ものによれば、「十五輯ヲ近ク発行シタイト考ヘテ居リマス」とあり。

オモシロいよねぇ(*´д`)ノ
だって上記のリストを見ているだけで雑誌愛好会のいきさつがわかる。
最初、200部刷って宣伝したけど、結局会員になったのは35人ほど。それがだんだん45人ほどに殖えてきたんだけど、がんばって創った古本屋地図を発行したところ、もっと刷って売ったらという話になって、そうしたところ会員が60人に殖えた、ということが判る(゜〜゜ )

雑誌研究家「雑誌愛好生」

第14輯には、雑誌愛好生の、雑誌についての文献紹介が載っていて、オモシロい。これはこの10号より以前からつづいていたもののようで、『逞しき建設:主婦之友社長 石川武美と事業』(石井満、教文館1940)を提灯持ちだと批判したり、『雑誌年鑑』の昭和15年版は昭和14年版よりデキがわるいなどとしている。辻井甲三郎こそ本邦でほぼ最初の、雑誌研究家ではありますまいか。
雑誌関連文献の探求書なんかも載っけていて。まぼろしの「雑誌回覧会開業案内」なんかも上がっている。

全国をネットワークでつないだ趣味誌

寄贈資料のところには、なんと、裏川吉太郎からのものが紹介されている。

D 「同好」
第一輯ヨリ送ツテ戴イテヰルガ、神戸ノ裏川、落合両氏ヲ中心トシタ毎輯十ページ前後ノ雑誌。編輯ノ重点ガ不明ナハ惜シイガ何トシテモ貰イ〓バ、オ〓スルヨリ外ハナイ(裏川吉太郎氏ヨリ)
(『雑誌愛好』(14) p.10 (1940.11))

文中の裏川は、裏川大無こと、裏川吉太郎であることは、オタどんをきっかけに知った。落合は落合重信。あの楠田五郎太岡山市立を逐われて兵庫県の巡回文庫担当になった時の数少ない同僚であったことも。
裏川がこの同人誌『同好』の筆禍で、勤めていた神戸市立図書館を逐われ、大連へ渡ったのは昭和17年だったかすら。もちろん、このときには、この趣味誌が筆禍をまねくことなど、知る由も無く(*゜-゜)
戦前の司書ってば、よくクビになったりケンカになったりして、転職しとるのー(  ̄▽ ̄)
ある意味、うらやましい…(-∀-;)
まぁそれも、外地(植民地)外邦があったからなんだけれどね。石井㌧先生は、「救い」ではないと政治的に正しいことを言ってをったが、楠田や裏川にとっては十分救いであったような。。。
しかし…
しかし、この昭和初年前後に叢生した趣味誌ってば、全国的に趣味人をつなげていったんだねぇ(*゜-゜)
戦前唯一の全国古本屋地図『全国主要都市古本店分布図集成』は、その具体的成果、象徴とはいえまいか。

雑誌愛好生こと辻井甲三郎

辻井については、まだ、教員だったらしいという八木福次郎さんの証言から一歩もでられないでいるけど、わちきはこんな妄想をいだいておるのだ…

京都は結局、空襲には遭わなんだ…
ギシッ、ギシッ。
古い木造の二階屋、その階段をあがっていくわちきである…
すると、そこにはタンスが
タンスの中には何がはいっているか、といへば…
どこにも残ってない『雑誌愛好』創刊号をはじめ、『同好』などの受贈書、雑誌関係文献コレクションなど、戦前の古本、古本屋研究の資料がみっちりと…

ん?(・ω・。) ぜーんぶわちきのモーソーであろう、ってか(゚∀゚ )
さにあらず(。・_・。)ノ
わちきのモーソーは、今でもそれが残ってをるのではないか、というところだけですヨ(・∀・)/
見たのだ(  ̄▽ ̄)
誰がって、八木福次郎さんが昭和初年にその眼で(σ・∀・)
それは事実なり(。・_・。)ノ
そして…
京都が空襲を受けなかったのも事実…
この事実と事実をかけあわせると…