書物蔵

古本オモシロガリズム

◯◯の思い出(思い出シリーズについて緒言)

日本人の組織→「空気」

 『空気の研究』を憶えておいでだろうか。

 もちろんエアについての自然科学ではなく、日本人組織、集団がかもしだす雰囲気(空気)についての社会評論である。宮崎哲弥が、山本七平にはユダヤ人論などに欠点はあれど、この空気の研究を高く評価していたことを思い出す。
 以前、まじめな図書館員だった頃、中公文庫で『失敗の本質』を読み、あゝこれはわが社も同じだと思ったのが、空気の研究を切実に思うきかっけとなった。

 とおい昔の非合理な人間集団という認識だったのが、いま生きている我々がぜんぜん変わっていないと気付いた時のオドロキ!

「業務こんだん会資料」

 組織図をみれば部局編成はわかる。課員にだれがいたかは名簿を見ればわかる。係員にだれがいたかは電話帳を見ればわかる。では、組織が実際に動いている最中にかもしだされる空気、雰囲気は何を見ればわかるだろうか? 逆に言えば、空気を記述することはできるだろうか、ということでもある。
 これは、経験的にそれらがわかる――正確には、それを読んで読者の心に「あゝこんな雰囲気だったんだなぁ」という印象を残すような――文献はどういうタイプの文献か?という問いでもある。
 入館してすぐ、こんな本を図書館学資料室で読んだ。

 この業務こんだん会は組合でも当局(職制)でもない立場からいろいろなガリ版刷りを出しており、なかなかオモシロかった。この「上野図書館の」は、現場の出納手の苦労が座談会形式で書かれており、入館直前に山崎元氏に、出納手時代に古株にいじめられた話などを聞いていたから、その雰囲気がこれを読むと伝わってきた。
 そう、こういった座談会などで話されることがらから、「雰囲気」は感じられるのだ、と気づいたあなたあと一歩だ。つまり、

雰囲気は思い出話によってわかる。

のである。