書物蔵

古本オモシロガリズム

集書院メモ

 おなじ頃、地方政府の新部門や企業家たちが「文明と啓蒙」という新しいレトリックに関連し、印刷物にもっと接することでいいことがあるのではないかと考え始めていた。1872年に京都では、シューショイン(Shūshoin)と呼ばれた図書館が地元のカシホンヤ―出版社と、もう2人により、地方官吏の援助もあって設置された。この人たちは意見表明で自分達を「文明と啓蒙」という京都地方政府の政策と関連させてり、人々に貸出用の外国語や日本語の本、新聞紙を供給したのであった。読者は自分の啓蒙に料金を払わなければならなかったけれども。(Kornicki 1998:411)

このパラグラフの文献注には、「Takemori Kumahiko 竹森熊彦」なる著者があげられているんだけど、これはマチガイ。正しくは、竹林忠男。きっと竹林熊彦とまちがえちゃったんだね。
竹林忠男「集書院についての史的考察」『資料館紀要』(2) [1973.3]