書物蔵

古本オモシロガリズム

日本レファレンス史のミッシングリンク


注意! この記事,図書館オタクじゃないとつまらんよ〜(^-^;)

日本でのレファレンス史に興味があるんで,下記をすかさずチェック。
っても,あわてて日本図書館文化史研究会の名簿を見てもむだだよ〜ん。入ってないから (・∀・)
伊藤昭治「レファレンス・サービスの模索と実践」『図書館文化史研究』(22) p.47-62(2005)
でも,このタイトルではなにがなにやら…

神戸市立図書館のレファレンス実践:志智嘉九郎の活躍と,その後の断絶

とでもつけるべきもの。
そう,わちきが「日本レファレンス小史」で,図書館政治ネタになるからごにょごにょ… って言った部分なのだ(^-^*)
まず最初に,自分は実践家で理論家じゃないというエクスキューズが。
んー,確かに全体で論旨が一貫してるって感じじゃないなぁ。この文章,談話をまとめたものとはいえ,なんかすごく不整合が多くって,つっこみどころ満載
いや,

実践家は必ずしも理屈で首尾一貫してる必要はない

けどね。

前半:昭和2,30年代の公共図書館 「出納手」と「ポツダム司書」

最初に出納手の話。

現場では能力のある職員は整理係に集められていました。(略)奉仕係で働いているものは「本出し」といって,図書館界では問題にされませんでした。

ほへー('0'*) やっぱ出納手(page boy)はバカにされていたんだ… でも,バカにされてもしょうがないバカだったと氏はいうのだ… (・∀・)

図書館法のおかげで,当時図書館に勤めていたものは学歴の如何にかかわらず,図書館員養成講座を受けるだけで,司書か司書補の資格が得られました。
ローマ字も満足に書けない漢字もろくに読めないものでも,とにかく現に図書館で「本出し」をしておれば,それで司書とか司書補になれたのです。

この部分,氏は,当時の整理中心主義を批判するためにいろいろ書いてるんだけど,それとは別に,

氏自身が「司書は高学歴で学識があるべき」と考えてる

ことだけはよくわかる(それを閲覧(貸出)と整理のどちらに投入すべきかは別として)。
この,たまたま出納手だったから(本来は司書資格を有するべきでないのに)司書になった人々を

ポツダム司書

といったらしい。氏によれば竹林熊彦がそう言っていたとのこと。しらなんだ。ポツダム命令(占領軍の御威光がそのまま日本法となる)をもじったものなんだろうなぁ。
おそらく戦前からの図書館学者,竹林の頭ン中では,司書っちゅーと帝大の「司書官」みたいに本当に偉い人というイメージだったんだろう。それが「本出し」が「司書」になったんで,揶揄してんだね。でも,このポツダム司書を生み出した講習が,まんま司書課程になったんで,そーゆー意味じゃぁ

戦後の司書は全員,「ポツダム司書」

うーむ,この竹林の造語を拳拳服膺せねばなりませんなぁ皆の衆(って司書資格もってない図書館員には関係ないけど。司書資格を振りかざされたら「この,ポツダム司書め!」と言い返せばよいのですな。このポツダム司書って言葉,チョー気に入った(^-^*))
しかし伊藤氏はその選書論において人民主義に見えるのに,実はエリーティズムなのねん(ちなみにわちきはそれを非難してるわけじゃないよん。「差別は正しい、学歴差別は特に正しい」(by呉智英)という考え方もあるし。ただ,外からの見え方と本心とがかなりズレてることだけは指摘しておきたい。)

書庫出納で提供される本は,20%がすぐ返却されました。現物を見なければ自分の適書が探せないというあたりまえのことですが,出納手から見ると実に腹立たしいことでした。

氏は,妙に具体的に出納手の苦労を書いてるから,ご自身が出納手であったことはほぼ確実。ということは,「実に腹立たしい」と感じた御仁は,とりもなおさず氏ご自身では… わちきは全然腹立たしくありませんが… だって「あたりまえのこと」じゃないすか閉架式の書庫出納じゃぁ。

今と違うのは,館長には首長も一目おく人が選ばれていました。(略)そうしてこうした人たちが新しい風を図書館に吹き込んでいました。西村精一の分館論,小林重幸の読書論,志智嘉九郎のレファレンスといったものでした。
(略)こうした優秀な人たちが送り込まれていたのは,任命権者の問題に関係していたのではないかと思っています。(略)ということは例えば内務省の辞令で館長になった人は式典などの序列は相当上にあったようです(略

あれま。より上級の官庁が選んだ人の方がよい人が来る,といってる… 事実だとしたら,わちきの予告記事「国家に直隷する図書館員」の材料になるんすけど… でもこれは氏もいうとおり要調査だわん
そして…

図書館はお役所仕事でした。利用者にサービスをしようという感覚はなかったように思います。特に保守的だったのは職員組合でした。(中略)
職員組合では,職員の労働量の減少が成果であり,市民のためにといった考えはありませんでした。(略)図書館職員がどうして自分の身を削って市民にサービスするのかが,彼らには理解されず争いが続きました。

そりゃ,「争いが続」くでしょう,永遠に。だって平等を目指す労働運動と差別化を目指す専門職運動じゃ方向がまるでサカサ。でもこれを指摘した単行本って,木村隆美しかない(「館員=労働者・非専門職」論(1983) 木村隆美 vs. 図問研)えっ! まさか労働運動と専門職運動が一致するとでも思ってた? 実はわちきも昔そう思ってたフシもあり(^-^;)アセアセ

後半:志智のレファレンス実践とその断絶

いよいよ佳境へ!
でも…
ほへほへ。長くなったのでまた
(つづく)