書物蔵

古本オモシロガリズム

背文字の箔押しの話

日本における西洋風製本、つまり「洋本」については、今となっては簡易パンフレットにしか見えないボール表紙本から始まって、背文字があるちゃんとした本まで何段階か発展があるのだが。
そのうち、わちきの注目せる「背文字」に関係する箔押しについて、いつごろから専門業者があるのかについての証言を得た。

  • 天金生「箔押業者の活勤」『製本』2(7)p.8-10(1928-07)

本の箔押しを専門の様にやり始める業者の現はれたのは明治四十二、三年頃からで、その前は殆どなかつた。機械も始めはコツピーと称する舶来物が有るだけであつたが、今日では和製の軽便箔押機械の完全な物が出てなか/\流行し能率も相当挙がるのである。(p.9)

この記事によると1909(明治42)、1910(明治43)年ごろから箔押し専業の業者が現れたという。もちろん箔押しだからとて、本だけではなく、化粧瓶や革、布といったものに箔押しするんだけれども。

そこで目下一般に使用されてゐる箔は本箔(ほんはく)、洋箔(ようはく)、〓〔金偏に分〕金箔(ふんきんはく)の三種類である。本箔は使用すればナニも申分は無いのだが、近頃のやうに円本を背革(せがは)にしてお負けに金文字を入れるなどゝなると採算上本金を使へるわけのものでは無い。勢ひゴマカシの洋箔か〓金箔を使ふことになる。ところが洋箔は真鍮から造るから緑青が生じ変色し易い上にきわめて使用し悪いから従来製本業者は使はない位ゐだ。たゞ洋箔のうちでも銀箔の方はむしろ本銀よりも絶対に変色せぬので歓迎されてゐる。(p.9)

金箔にも3種類あって、それぞれコストが違うと説明しているね。
「円本」についても言及があり、これを読み解くと、以前は円本でも背革でなかったのが、昭和3年ごろには背革にするものが出てきて、その場合、円本に本箔は使えないので、洋箔の銀箔(本銀でないもの)か、粉金箔を用いる、としている。
そもそも、洋本の背文字は、明治30年代に広まり始めたから、その次の明治40年代に箔押し専業者が出てきた、という順序にはなるなぁ。もちろん、化粧品や軍人がらみの布(帝国海軍の帽子のリボンなど)などの動向とも連動するだろうが(゜~゜ )