書物蔵

古本オモシロガリズム

草創期の終焉

こんな記事メモが出てきた(´・ω・)ノ

「金森さんんはあれで仲々〔ママ〕容貌に自信があるんだな」と若い書記長が云った。講演や会議の発言中に見せる、視線をななめ上に向けて空(くう)をみるような目付きを指していた。そう、草創期の図書館の余裕はこの金森さんの「自信」ではなかったか。副館長以下は子供ぽく、生彩を欠いて見えた。手慣れた官僚というものが、大きな機構の中ではサエてしまうのである。
 だが今日の国会図書のフィールドを短時日に確立したのは、その「無邪気な」スタッフだったのだろう。ー学者・教師・調査マン・図書館ヤ・上りなど。古手官僚はだめー。彼らは理想主義者だった上に、そんなに右コ左ベンもしなかった。妙にいい度胸をもっていた。そして何よりも、それぞれの分野でたしかな実力を身につけていたことである。かけていたのは役人的管理能力だが、このもあの時期には幸いした。若手が課題を自分のものとして動く余地をのこしていたからである。
 金森元国務大臣はそれを指して云ったのかどうか、「ここは役人らしくない役人の集った日本一いい館長です」(S25(?)年頭挨拶)
 男の子も女の子も一緒に勉強し、一緒にお茶を飲んだ。出世もおおむね同時にした。

  • R「草創期のころ」『広場』(25)p.7-8(1973.7)

Rの文章の後段では全学連の「昭和二十五年組」(その年入館者)が、金森らが失脚した春秋会事件でオールドリベラリストらには冷淡であったとする。また最後にこんなふうにしめくくる。

「国会の云うままにはなりたくない」と見苦しいとみられるほど館長の座を譲らなかった金森さんが、中井、中根副館長に続いて物故された。国会図書館の端緒を築いた人々も追われるように去っていったあと、「凡庸」と「被害妄想」と「屈従」の時代に入った。