書物蔵

古本オモシロガリズム

太宰「右大臣実朝」の初版は昭和17?

川島氏が「太宰治の異装本」を『日本古書通信』に書いている。
論題に異装本とあるので同版同刷で異なる装丁本のことかと思ってほっておいたら、なんと中味の多くが奥付記載の発行年月日についての論究であったんであわてて読んだ(^-^;)
川島氏によると、太宰治の『右大臣実朝』には2つの初版本が想定されてしまふのだといふ。

  • A. 錦城出版社(大阪)による〈昭和18年9月25日初版発行〉のもの
  • B. 増進堂大阪府高石町)による〈昭和17年9月10日初版発行〉と3刷(〈昭和21年3月20日第3刷発行〉と奥付)に印刷されてあるもの

そして錦城出版社のほうは、太宰の日記記述から自然な発行日であるのに対して、増進堂のほうは日記と整合性がとりづらいことを指摘。
まぁフツーに考えれば増進堂版が奥付日付をまちがえたと考えてよさそうである。※〈 〉内は漢数字を数字にした。
ところが川島氏がいうには『太宰治スタディーズ』(平成26.6)に大国真希氏が

「筆者の手元には「昭和十七年九月十日(初版)がある」

と書いているそうな。
んで、川島氏はびっくり仰天ということらしい。
さらに、NDLサーチを引いたら

右大臣實朝
太宰治増進堂 1942
           国立国会図書館蔵書

と、たしかに昭和17年刊の増進堂版が国会にある、出てちゃったのでさっそく見に行ったのだそうな(これは著作権が切れてないらしく、ネットから見られない)。
すると、なんと表示されたのは、B、つまり昭和17年初版と印刷はされているけれど、その第3刷と明記されたものだったのだ。
川島氏は本物の昭和17年初版初刷が出てくる可能性を留保して「謎は一層深まるばかり」と書いているが、わちきが思ふに、大国真希氏が昭和17年初版の3刷かなにかを持っているのを「筆者の手元には「昭和十七年九月十日(初版)がある」と書いちゃったのではあるまいか(゜〜゜)
ところでこの件、もちっと図書館目録――ってゆーか、書誌の2類型の話――に引き付けて考えると皆々さまにも後で役立たん(´・ω・)ノ

列挙書誌の問題

ここでCiniiを引いてみると。

右大臣實朝 / 太宰治著. -- 大阪 : 増進堂 , 1942.9. -- 230p ; 18cm. -- 記述は1946.3(第3刷)による. -- (BA54567431) ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA54567431

この本を9館が所蔵していることになっている。そしてこの9館のうちいずれか、あるいは一部、もしかしたら全部が「1946.3(第3刷)による」書誌同定をしているわけである。
ん?(・ω・。)
もし全部が「1946.3(第3刷)による」書誌同定をしていたら、ありもしない「増進堂 , 1942.9.」を認めちゃふことになるぢゃんかってか(^-^;)
さうなり( ^ - ^ )ノ
ってか、これが列挙書誌の記述法だからしょーがないなり(´・ω・)ノ
書誌には何百冊も一度にデータを扱う(作ったり並べたり)列挙書誌と、1冊ごとに丁寧に分析的に本のデータを採録する(ってか、することにする、んだけどね)分析書誌の2つのジャンルがある、と「図書館情報学ハンドブック」あたりに書いてある。
列挙書誌の世界では、1冊あたり担当がかけられる時間が、ほんの数分から最大でも二十分ぐらひ。それに対して分析書誌のほうはじっくり見て調べたりする。だから、

  • a. 列挙書誌はフツーの近代洋装本に対してフツーの司書が、
  • b. 分析書誌は貴重な古典籍などに対して学者モドキ司書が、

おこなうことになっている。
とゆーことで、太宰『右大臣實朝』はどっちに当てはめられるか、わかるよね。
国会でも大学図書館でもa. で採録されたといふわけ( -Д-)ノ
だけれどもここに、太宰研究者なるものがをって、『右大臣實朝』に学者として相対したら、aとbと、どちらの方法を採るべきか、といふ問題が川島氏の問題提起なわけ(´・ω・)ノ