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古本オモシロガリズム

公共図書館における席借り問題の言説史

こんな記事を見た。

山梨県内のニュース(山梨日日新聞から)/主要 2009年02月05日(木)
受験生「困った」/県立、甲府市立2図書館が同時休館/点検とシステム更新重なる
県立図書館の休館を知らせる看板。甲府市立図書館も休館していて、利用者が困惑している=甲府・県立図書館
 受験シーズンが本格化する中、山梨県立図書館と甲府市立図書館が2月上旬から約1週間にわたって同時休館している。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.sannichi.co.jp/local/news/2009/02/05/4.html
受験生による自習問題ね。ちと書いてみた。

「席借り」とはなにか

公共図書館がらみで、ささいな、ある意味、くだらないと思われがちなissueを考えるのに、最初のとっかかりになる『図書館用語辞典』(1982)および、その改版『最新図書館用語大辞典』(2004)。
さっそく引いてみると…

席貸し 席借り 学生対策 学習室 自習室

といった項目があがっていた。相互にほとんど参照を出してないので、もっとあるかもしれないが。
要するに

1)図書館資料を使わない 2)自分で持ってきた資料を使う 3)受験生・学生である

といった条件がそろえば、その現象は「席借り」だし、そのために設けた施設・設備は、自習室(席)ということらしい。まぁ資料をぜんぜん使わなければ、ただぶらぶらしてる学生さんだし、社会人でも資格試験受験の準備だけに通えば、それは「席借り」ということになるのかもね。
で、1982年版では1970年代の貸出大躍進をふまえてこうある。

最近〔1980年ごろ〕の市町村立図書館は本来的機能〔貸出しやレファレンス〕を重視し、席を全くかあるいは少しししか設けない所が多くなってきたので、このような問題にはあまり悩まされなくなってきた。
(『図書館用語辞典』p.185)

ということで、長期滞在を抑止するためにマクドナルドは席を硬くしているというが、1970年代の日本公共図書館はさらにわをかけて、席をなくす方向にうごき、その結果、「このような問題にはあまり悩まされなくなってきた」というのが1980年代の業界内共通認識だったわけ( -Д-)ノ

補足1:貸席業は別(本質的に)

また、伝統的に存在する「席貸」「貸席」業においては、それが営利かつ本来的な業務なので問題になることはない。一部、営利の「自習室」専門の貸席業もある。各所にあるという「私設図書館」の類はこれにあたるのかもしれない(ただし、私立公共図書館は公立公共図書館とおなじであろう)。

補足2:大学図書館学校図書館は別(とりあえず)

学校図書館でも資料を使わない図書館利用はあるんだろーけど、ほとんど問題にならないね。これは、それでかまわんというイデオロギーが図書館員側にあるか、施設の余裕があるかのどちらかなんだろうけど。もちろん、学生さんたちは、どんなに立派な学校図書館があろうとも、逆に自習は別の公的なところでしたいと思うだろうし。
本質的には問題になりうるが、現実的には問題にならんだろうということで。

1970年代の貸出傾斜経営のもとで、問題が一時、みえなくなる

1970年代に、閲覧席を少なくする政策がとられた結果、館界では問題がなくなったかのようにうけとられていた。しかし、考えればわかることだが、単に「回避」されただけで、問題がなくなったわけではなかった。
貸出至上主義のもとで、在館利用(=閲覧)ましてや「席借り」は、図書館の本来利用に反する間違った利用とされ、あくまで弊害あつかいされた。議論上は悪いこととして「解決済み」の問題とされるようになったため、議論はすすまなかった。はなから禁止行為に制定するか、対症療法として、「自習室(学習室)」などが設置されてきたにすぎなかった。
席借りに対する嫌悪的ともいえる館界の態度は、明治期から1950年代まで続いた、学生による閲覧室占領ともいうべき状況を背景にしたものであった。

1990年代

1990年代に入り、貸出中心経営が行き詰まり(委託など外部化をまねいた)、ほかのなにか、ということで出てきた「滞在型」利用への模索。また、経済成長の鈍化後もつづいた箱モノとしての新館建設による施設の余裕。しかしこれらが、1970年代に回避したにすぎなかった「席借り」問題を再燃させることになる。
館界では解決済み扱いになっていたため、専門誌でまともに採りあげられることはなかったが、ラジオ番組でとりあげられ、一定の議論があった。しかし、その事実すら図書館界ではいまだ知られていない。

2000年代

「場としての図書館」論のなかで、日本固有の問題として当然とりあげられてしかるべき事項であるにもかかわらず、その気配がないのはいったいどうしたことか。いっぽうでマスコミではしばしば取りあげられるようになってきた。
ほんとうに学生による席借りは無条件に悪なのか、学校図書館がそれをすべて吸収すべきなのか、ITなどの技術環境が劇的に遷移する中で、再度、問い直されている。

補足3

じつはごく一部は気づいていて、たとえば辞典2007年版は、そのほとんどは前版をくりかえしているだけだが、唯一、「自習室」の項目執筆者は気づいたらしく、つけたりのなかに、こうある。

しかし近年、図書館規模の大型化や、滞在型図書館という考え方、レファレンス機能の重視などにより、調べ物をしたり、ゆっくり読書するための席を多く設置するところが出てきた。

と、わちきとおなじ認識をしている。
ただ、執筆者はさらに踏み込んで、一定の判断をしている。

こうした変化の中で、「社会人専用席」」という指定をするなどその用途を限定したかたちでの座席管理を行う事例も現れている。しかしこのようなやり方は学生の図書館資料を利用した調べ学習を阻害することとなり、親しみやすい印象をなくすこととなり、その後の図書館利用にもよい影響を与えず、望ましいこととはいえない。
(『最新図書館用語大辞典』p.170)

うーん。比率にもよるけど、場所によっては「社会人専用席」をつくるのも一考ではないかしら。それに「用途を限定」しとるんではなく、利用者を限定しとるような…