書物蔵

古本オモシロガリズム

満洲大会の栞からエフェメラ論を展開す

満洲の大会への招待状を愛玩していたら,いろいろ思いついちった。

『第三十一回全國圖書館大会之栞』についてメモ

出版部数はおそらく参加者+@の300部程度では。
事前に配布されたものと思う。
ものすごく資料の継承がわるいと噂される図書館協会の図書室には、きっとないと思われる。引っ越すたんびに一次資料は捨ててるらしいから。
Webcatにもなし。ndlopacにも見あたらず。
もちろん、どっかの書庫ンなかに人知れず眠っている可能性はあるけれど…
まさしく誰にもわからん。
史料としては,ほぼ同様の内容が『図書館雑誌』でも分かるけど,満洲みやげの詳細情報とかは『雑誌』にはないし,座席表も当然『雑誌』にはないねぇ。

日本図書館エフェメラ

まったく得難い資料,古本冥利につきるわい,と思い,ひとり (・∀・) しつつも,ヒマもカネも使えない図書館利用派の観点から考えてみると…。
日本の図書館ってやっぱバカだわ。
こーゆー資料の保存はほっぽりだしてきたからな〜。
ごく一部の専門図書館(室)がこーゆーもんを集めなければ、散逸してしまうのじゃ。
図書館情報学専門図書館といえば、関東では協会図書室、旧途上大図書館、慶応三田図書館の図書館学資料室あたりかなぁ。国会図書舘の図書館学資料室は滅んだね。
慶応は戦後設置だからこーゆーもんは無理だろう。こういった資料は、出版された同時代に集めなければほぼ絶対に集まらないからねぇ。
さっきから「こーゆーこーゆー」って,実は英語には専門語があるのだ。
エフェメラ(ephemera)という(ほんとはイファメラかなぁ)。必要は発明の母。
米国図書館協会の用語集では…

一過性資料 ephemera
(1)一時的に関心を集めか著を持つ資料で,主としてパンフレットまたは切り抜き資料からなり,ふつうは限定された期間バーチカル・ファイルに保管される。(ALA図書館情報学辞典より)

ということなり。
米国図書館協会の辞典には項目があるけど、日本のほうの専門語辞典にはこれにあたるコトバがない。上記の一過性資料ってのは辞典を翻訳するための仮の訳語*1ってとこ。
そもそもこれに対応する概念がないのだねぇ。
日本の図書館ではephemeraをまともに扱おうとする姿勢がない。姿勢がないから必要もない。必要がないから概念もない,概念がないから認識できない,認識できないから姿勢もとれない,というわけぢゃ! わかりやすすぎ。
では日本の図書館員が一人残らずバカで,エフェメラがまったく議論されてこなかったのかといえば…
当然,そうではない。議論を展開した人がひとりだけをる。

徹元さんの「小冊子問題」

誰あろう,斎藤昌三の弟子,稲村徹元さんぢゃ。
エフェメラは日本で1回だけ「小冊子」問題として徹元さんによって日本の言説空間に出現したのぢゃ。
「「小冊子」問題の20年:国立国会図書舘におけるその経緯と関係資料解説」『図書館研究シリーズ』(12)(1968)p.269- 
ほよよ〜 徹元さん,こんなこともやってをったのぢゃのう。
ほんとうは愛書家・好事家の流れをくむ人なのに,目の付け所がよろしすぎ。ってか,実は

へっぽこ司書より愛書家のほうが日本図書館学のアナを見つけやすい

ということだわさ (・∀・)
というわけで読んでみる。
なになに,創設以来ほっぽりぱなしだけど,作用法の主旨からは再検討されるべき案件ががあるとな。(納本停止の)映画フィルムとか,目録の内容細目の分出とかもあるけど「小冊子問題」もその一つだそうな。って,映画問題は去年またもや「問題」になってたよ(×o×)まーた,この時からさらに30年間もほっといたんだね。それはともかく。
以下,徹元さんらしく歴史考証が延々と続くので長くなる。だからキモだけ要約するね(^-^*)
〜〜〜
納本制度によって設立当初からある程度,パンフレット類が集まっていた。のにのに,いつのまにか廃棄されて(×o×)しまってたんだって。そしてその経緯自体,もうこの当時(昭和43年)の段階で不明になってしまってたんだって(×o×)。

今日多くの旧刊小冊子(おもに昭和30年代以前の民間資料)がほとんど全部といってよいほど姿を消し記録のみならず当事者の記憶すらも断片的にしか留めていない(後略)

ほへー。これが保存図書館の実態ってか。てか,きっと,おそらく稲村さんあたりがこんなふうに騒いだから,当時整備されつつあった新しい国会図書舘分類*2にY95などという項目ができたのではあるまいか。だとしたら徹元さんえらい!

Y95 一時的利用価値のみを有すると認められる資料
  〔ここには,「図書館資料の整理区分に関する件」によりD整理に指定された資料を収める。ただし,語学学習用テキスト,学校要覧、団体要覧等,電話番号簿,官庁資料,仮排架資料を除く。〕

と1967年に出た分類表にあるよ。
本論に戻すと…

登録図書=整理=閲覧目録に出るもの=排架保管(蔵書)=出納(利用可能)

という思考パターンにはまっている限り,小冊子問題というのは見えないという。
というのも,小冊子は官庁の物品会計上,登録されず「非登録→目録もなし→(いつのまにか)捨てる」ということになってしまうから。
で,官庁パンフはこのような惨禍をまぬかれたのだという。というのも,ほんとに,まったく,くだらなくもバカバカしい(とわちきが思う)理由が挙げられてゐる。
受入の部局が違ったから,そうな。
一般納本は受入局(のち部)がやっていたが,官庁納本は国際業務部が,ほかにも上野図書館も一部受入をしており,それら部局では柔軟な対応により小冊子が散逸しなかったという。
〜〜〜
ほかにも考証が続くんだけどちょっと細かすぎなんでおわり。
なるへそ,(ちょっとわかりづらいけど)指摘さるべきことはひととおり,って感じ。
再度わちきなりにまとめると…

物品会計と整理・保存を連動させるとろくなことにならない

ってところかしら (・∀・)
だいたい物品会計で木っ端役人化してた受入局ってどーよ。
登録されてないからってコソーリ捨てるようなマネは,この徹元さんの論文のおかげでもうできないというわけだねぇ。あくまで図書館的価値を追及してこそ図書館なのぢゃ。もちろん,収集したら即見せねばならんなどという似非民主主義者のことは一度批判した(珍説・資料保存を参照)。
もちろん保存機能の限られる市町村立図書館なんかじゃ捨てちゃっていいんだろうけどね(地域資料を除く)。

オチ

あ,そだそだ。すっかり忘れてたよオチを。
最初に出した「ephemera」の定義,(1)って書いてあったということは(2)もあるのだ (・∀・)
それがオチ。

(2)過去のものとなった上記の資料で,文学的・歴史的重要性を獲得するに至ったもの。

もうなにも云うことはありませんね。
徹元さんは昭和43年当時,「ephemeral materialと軽んぜられたり」と,(1)だけの意味でこれをとらえていたんだけど,図書館先進国の米国では(2)の意味が派生的に発生していたんだねぇ。

追記 日本図書館情報学会の辞書なんだけど

索引なるものが巻末についていたんで,ephemeraをみるもなし。
あゝ,やっぱないのね,とおもってたら…
パンフレットの項目の説明文に

その特徴から,簡易資料,または短命資料(ephemeral)に分類されることがある

と。
まーったく。これじゃあ索引じゃぜんぜんないよ。
項目名のアルファベット順一覧とでもいうしかないよ。
こうやのしらばかま,とはまさしくこのこと。
本文中のキーワードも拾ってこその「索引」じゃないのか。

追記の追記

辞書をよく見たら、「索引」じゃなくて項目名のアルファベット順一覧ぐらいのタイトルがついている…
ふーん、論理としてはうまく逃げているけど… 学者が役人のマネをしちゃあいけません。

*1:大昔,訳者のひとりに「訳語は相当吟味したんですよね」と聞いたら「いや,分担して締め切りが…」だって…

*2:それまではNDCを国会も使っていた