書物蔵

古本オモシロガリズム

帝國圖書館でのあれこれ(岡田ナラウの述懐から)

「入館」した動機

東大新聞の取材で山田珠樹と植松安に会いに行った。両者は司書官で、たびたびいくうちに何となく図書館が好きになる。
出身学科の戸田貞三(社会学)に相談したら、山口県の教師しかなくて、一高時代の先生だった大山正徳(英文)に相談したら、松本喜一帝国図書館長)と「懇意だから紹介してやろう」と。

珠樹に関して

「ちょうどフランスから帰って来られた新進の時代で、ご承知のように森?外の女婿で、大変人気のある先生でした。」

嘱託

一応正規職員の「嘱託」で入る。大卒なので翌年「雇い」に。月給70円。さらに翌年「司書」に任官して75円に。

友人、舟木重彦をひっぱる

大学時代に下宿に遊びに来ていた舟木を、松本館長に紹介。松本も気に入り入館。不況で雇なのに月給50円だったらしい。舟木, 重彦 (1900-) ‖フナキ,シゲヒコは戦後、職員養成所所長。

洋行帰りが生かされず

村山靖雄、井出薫など外国で図書館学を学んだ連中は、けっきょく和書の目録ではなにも変革し(でき?)ていなかった。
よくいるよね、留学シマスタ!っていって実務の改善は寸毫もしない人って。戦前からそうだったんだねぇ。しょーもな。
まあ帝国図書館の和書目録の場合は、古参たちの頑固さにも責任はあるかもしらんが。

選書方針

和古書は歴史、とくに鹿島則泰(有名な趣味家)のアドバイスで江戸趣味を中心に集める。
洋書に金をつかう。
高橋好三(帝大理学出の司書官田中稲城リクルート)が理系の専門書を体系的に集める。洋書をそれまでの英訳から原語へ切り替えたのも高橋。その高橋は「松本館長には受けがよくなかった」
松本館長は附属の図書館講習所の講師に一流どころを頼んでいたので、そこらへんにアドバイスをもらっていたのではないか、という。

国際交換(明8〜外務省所管、明治42〜帝国図書館

青山大作(のち名古屋へ)が担当

納本:雑誌

「納本の対象になっていたようですが、ほとんど来なかった。ただ稀には来るんです。」欠号ばかりでしょうがないので廃棄しようとしたら、高橋好三が「何かの時に訳に立つんだから廃棄しちゃいかんぞ」と。おかげで残った。
へー、国立図書館で本を廃棄しようなんていうことがあるんだ(・o・;)

納本:官庁資料

「内交(内務省交付)」に官庁資料はほとんどない。ただ慣習上、寄贈でほとんど入っていた。

納本:外地の出版物

「それからもう一つ官庁出版物に近いもので、朝鮮、台湾、満州国のもの、だいたい向こうの出版物は寄贈で贈ってきました。満鉄なんかのものはほとんどあるんじゃないですか。」