書物蔵

古本オモシロガリズム

『出版年鑑(昭和14年版)』を読む

掃除の途中で出てきた昭和14年版を見つけ、

やや、こりはおととい愛書会で拾いたるレア雑誌『読書と人生』の創刊情報が載ってゐるはず

とて、まるまる一冊ぱら見。

凡例(p.1)を読む。

前年、昭和13年1月から12月までのことが載っている。「年度」とあるが、暦年主義。ただし、雑誌総目録の補遺は次年上半期創刊のものが載っている。ん?(・ω・。) すると戦前版最後の昭和18年版には…
第1部「出版界一年史」の執筆者の紹介は凡例にあり。出版界→斎藤昌三(「本年より」)、印刷界、製本界、紙業界→浜田徳太郎、庄司浅水図書館界竹林熊彦、書誌学に関する図書及論文→天野敬太郎
「逝ける人々」は遺族から写真や資料を得ている。どうりで写真が鮮明だ。
第2部「出版統計」
第3部「出版図書目録」のソースは「東京堂月報」。月報は実物を調査しているとある。
第4部「内務省納本摘録」は、「永久保存指定の日報によりて編しゅうし」とある。
第4部と第5部「予約配本目録」は3を補完するもの。戦後日本には予約出版を別に取り扱う慣例(?)がなくなったので、戦前のリストから統計から、予約出版物が別立てである可能性に注意!
第6部「一般雑誌目録」は東京堂での実物調査。
「特殊雑誌目録」は発行者に照会とある(=現物調査でない?)。

本体

内務省納本統計は、売品だけでなく「非売品、教科書、予約物等の一切を含んだ」数とある。内務省の連中は直接、自分たちの統計について説明をしてる文章を読んだことない、ともう1世紀も前の官僚たちを責めてもしょうがなくて、彼らは別に文化行政やっとるわけぢゃなくて、検閲しとるだけだから。検閲事務の反射的結果として業務統計とってるだけだからね。
年間29,466点 うち単行本は18,744点。
比較として売品の統計、東京堂取扱統計が掲げられているのはある意味、さすが業界年鑑。
年間5,041点 これとは別に予約物1605点。
雑誌の売上げ部数は根拠数字が不明。また、ジャンル別だが各タイトルの部数(のおそらく1年分)が足しこまれた総部数でしかない。ジャンルごとのタイトル数は付記されているので、総部数÷タイトル数÷12(すべて月刊誌として)=各ジャンルの平均部数、となるはずだが…。

コネタ

  1. 『印刷日記』印刷出版研究所  「始[ママ]めての思ひ付き」→S13が初版?。「普通の日記欄のほかに、最新印刷百科便覧といふ約二百頁に(云々)」。便利なのであっというまに売り切れたとぞ。しかしこーいった業界便覧的な日記は、図書館では「本じゃない」と集まったものもうち捨てられるのであった(´・ω・`)
  2. 増田七郎  「図書館界」で米国に図書館員が行っていることとは別に、竹林熊彦増田七郎の「カードの穴から世間を覗く」『日本古書通信』を誉めている。
  3. 日記の一覧  日記の一覧があるが、網羅的ではないようだ。だいたい巻頭で言及されていた『印刷日記』が載っていない。古典社の図書日記なども見あたらぬ。

4「内務省納本摘録」

本目録は内務省永久保存指定の図書日報に拠り編輯したものである。

東京堂関係者が内務省へ行って謄写したのだろうか。内務省の「図書日報」なるものは、おそらく出版社が納本と一緒に出した出版届を日次でファイルしたものなのだろう。それを内務省が閲覧させていたということか。

分類に就いては、実物を見てゐない為に多少の誤りもあるべく、

とあるが、これはライバルの東京書籍商版を批判したものか?
3「出版図書目録」に載ったものは省いたというが、この「納本摘録」が非売品ばかりというわけではない。定価の欄に定価が入っているものがほとんど。すると、単に取次ぎとしての東京堂を通らなかったというだけであろう。もし、流通出版の総数を知りたければ、第3部の総計点数と第4部の定価ありのものを数えあげて足す必要があろう。
「重要ならざる小冊子類」(パンフレット?)は載せないとあるが、「図書日報」の記載だけでどのように識別したのだろうか? 雑誌とレコードは別書式だから一目瞭然だが、一般の出版届書式にはページ数の項がない。

雑誌総目録

冊子全体の凡例(p1)のほかに各部最初に凡例がついているのがほとんどなのに、雑誌には凡例がない。
ただし補遺のところに昭和14年上半期創刊の雑誌が載っている。全体の前年主義に反する部分。