「やあ,早いんだね……」
そう声をかけて,待合室のバーのカウンターに坐っている笠井[せどり男爵]の肩を敲いたのは,一誠堂書店の小柳である。
小柳は,すでに還暦を迎えていた。
いわば一誠堂の番頭格の人物である。
昭和六年,上野の図書館職員養成所(いまの図書館短大)に入ったそうだが,学生は二十二名なのに,なんと先生は五十五名もいたと云う。
そして博士号をもつ先生は,十六人もいたと云うのだから豪華版である。
しかく卒業と同時に,兵役に服し,除隊した時には就職口がなかった。
それで知人から,
「図書館も,古本屋も同じことじゃねえか」
と云われ,その紹介で,先代の一誠堂の主人に会い,就職が決まった。
たしか昭和八年だったと聞いているから,この道四十年の大ベテランである。笠井としては,やりにくい相手だ。
いま,『田村義也の本』月の輪書林 2005.4(月の輪書林古書目録14)を確認すると,p.42-が,「小梛精以知の旧蔵本」で,p.45に,小梛の句集の序から,山田忠雄(国語学者の?)の文章を引用してある。
小梛君を,故梶山季之は小説『せどり男爵数奇譚』第三話(略)に於て,さりげなく一点景として登場せしめてゐる。(略)読み過す人も多からうが,平常の君も亦大体さういふ目立たない風貌の中に妙に人をそらさぬ存在感を湛えてゐる。(略)君ほど其[学者・文人の知人]の範囲の広い人は当今他に恐らく比を見ないであらう。然も,常の人ならば直ぐ耳学問をひけらかす所を,そんな事は全くおくびにも出さないで,胸にしまつておく芸当も持ち合わせてゐる。
あらためて,月の和書林目録は資料としてつかえるなぁ,と思う(けど,どこの大学図書館も蔵書にはないね。販売書誌だからだねぇ…)。
ところで(この目録の)同じページに載ってる「図書館講習所同窓会・会報」みてみたいなぁ…
松本喜一が「対支文化工作としての図書館」なんてのを書いてると月の輪目録にある。