書物蔵

古本オモシロガリズム

「図書館の発見(新版)」への反論(『図書館雑誌』ゴシップ読み)

(注意! 館界ネタだから局外者にはツマランよ〜)
ねぇねぇ「図書館雑誌」5月号みた?
巻頭の論文 根本彰「コミュニティのための図書館:日英の比較から
なんだかタイトルだけだと辛気くさい郷土史料の話みたいにみえるけど… これって前川流貸出(貸出至上主義?)への正面切った反論だよねぇ。
それはともかく,『図書館雑誌』が図書館大戦争に場所を提供したのはよいことと思うぞ。なにも日図協がどっちかの肩をもて,と言ってるわけじゃなくて,議論上の対立があれば,その場を提供するのが機関誌・業界誌の本来の役目でしょ,といっている。
根本先生,まずはこう指摘する。

(日本の館界が手本とした英国で)貸出し点数が1990年代以降急激に落ち込んでいる。

具体的には英国では次のようになったと。

貸出密度(国民一人当たりの年間平均貸出冊数)
1993年 9.5冊/人
2005年 5.7冊/人

なんと! 貸出御大切の人々からみたら由々しきこと! 「サッチャリズムで図書館がいじめられたせい! サッチャー憎し,ついでに小泉憎し!*1」って怒る論者がすぐ思い浮かぶよ。
先生はこんな見方に先回り的に答えて,「一見「凋落」と見える」けれど,新自由主義の影響というのは原因の一つにすぎない,と言う。たしかにねー。日本館界の重鎮たちは,なんでも新自由主義のせいにしたがるからなー。
サッチャリズムのほかに,「人々が本を買うようになった」「電子メディアへの接触時間が増加した」といったことも考えねばならんとキチンと指摘している。とくに,普通の人が本を買うようになった,というのは日本と逆だと。
そして,サッチャリズムで確かに貸出しは「縮退」したが,調査資料のストックと職員の専門知は英国の館界にインフラとして残っており,それをテコに英国の図書館は生き残りをかけんとしていると。
でました。根本先生のストック論。
一方で日本では…

日本では図書館数は増えているし貸出数も増え続けているのに,指定管理者制度をはじめとして,図書館経営についていい話は聞こえてこない。

まあ,異論はあろうけど「正職員で直営=ストック型経営」という前提にたてば,日本の図書館はストックが消滅しつつあるといえるね。
そーゆー意味では,日本では英国とあらゆる点で逆さで,貸出しはいまだ増え続けているのに,ストック型のインフラのほうはぜんぜんだめのまま,といいたいんだねぇ先生は。
先生がいうには,これは畢竟,日本の(今までの)図書館サービスが行政や社会から評価されていないからであり,さらに,

その主要因は1970年代以降の図書館論が「貸出」以外の戦略をもたなかった

からだという。
つまり,ストックを消滅させてきたのは,(「極悪な新自由主義者達」以前に)館界の図書館論自体なのだ,というのが根本先生の意見なのだ。

図書館員よ,もっと惑え!

ただ,この根本先生の主張,あるいは改革派の図書館学者たち(薬袋先生とか糸賀先生とか,ってそれぐらいか…)の言い分というのは,「現場」系の理論家や「現場」出身の図書館学者によって非常に嫌われておる(だから,わちきはここ10年ほどのこれらの対立・論争を「図書館大戦争」と命名しておるのじゃ)。

そのなか(『図書館の発見(新版)』)で名指しはされていないが,「図書館員を惑わす言説」として貸出批判があることが述べられている。私の書いたものもここに入るのであろう。
はっきり述べておきたいのだが,私は貸出そのものを批判したのではなく,貸出しにこだわって先に進もうとしない図書館論を批判したのである。

わちきも指摘させてもらったんだけど,貸出しそのものをやめろ,って論者は改革派にもいないねぇ*2。貸出至上派からはそう見えるみたいだけど。
そして根本先生はこんなことまで言っちゃうのだ。

その意味で図書館員はもっと惑うべきである。これまでよしとされていたことを疑い,自らの考えでサービスを展開すべきである。

「図書館員を惑わす」と前川御大ご自身から指弾されたのを逆手にとって,図書館員よ,もっと惑え! と唱道してるのであった。さても根本先生はバブテスマのヨハネかアンチクリストか。
けどお人柄ゆえか,前川イズムに対する配慮も忘れない。うーん,こんなところに上品さが…

私はこれまでこの本の主たる著者前川恒雄氏が主張されてきたことに一定の敬意を払ってきたつもりである。先人が切り開いてきたものをできるだけ継承していきたいという気持ちがある。

まあね。前川イズムが1970年代に公共図書館界をひっぱったのは事実だ。けど,やっぱついていけないものがあると根本先生は言う…

しかし,地域社会に対する見方,あるいは地方自治に対する見方にはかなりの違いを感じる。彼の考え方の基底には,「よい」サービスを実践する図書館員と利用者の信頼関係を前提とする思想がある。

ん? 一見すると根本先生は「(図書館員と利用者の)信頼関係」を前提としない極悪図書館学者にみえてしまうけど…

極悪図書館学者???

よく読むと…
行政サービスは一般に,「信頼関係の上に築かれることは理想ではあるが,実際的ではない」から,実際の行政サービスは,もっと「信頼関係がつくれないような状況を想定して」作られているという。
たしかに,無条件の信頼関係があれば,自治体警察なんて不要だねぇ。それにブック・ディテクション・システム(図書探知機)だって図書館に要らないよ。
みんなが一人残らず「よい人」であれば共産主義社会も成り立つわい。あ,だから実際に共産国家を運営すると,結局は秘密警察を創設・強化することになっちゃうのか。必要は発明の母だなぁ,すばらし。
まあ,根本先生はこんな社会論じゃなくて,たんにマーケッティングの話に落とし込んでいるけど。
ようするに,

現在ただいま無前提に図書館に信を寄せている連中じゃない連中に売り込んでいけ(要旨)

って言っているわけ。
とくに,従来型の紙資料じゃない情報コミュニティがネット上で出現しつつあるから,それらのものも取り込め,って言ってる。
「情報」提供じゃなくて「資料」提供だ,そのうえ,その資料は事実上「単行本」だ。保存なんてやめて貸出に特化せよ。と図書館の役割を狭く規定してきたために「文学館,郷土資料館,公民館,行政情報センター,生涯学習センター,まちかど情報センター」などのニーズがはみだして,いろんな施設が乱立してきた。
このまま図書の貸出しのみに固執すれば,全面委託は避けられないよ,というのが先生の結論。
いやー,はっきりいって,単行本無料貸出図書館は,極めて効率がいいんよ。レファや読書相談をしないことにすれば,自動貸出機を導入して無人化できるし。単行本は書誌単位=物理単位だから収集や整理もラク。TRCに一切合財まかせちゃえばいいんよ,
って,税金を支出する側に思われちゃったんだねぇ。
そしてTRCは,そもそも日図協が創ったものなのだし。そしてTRCへの発言権を放棄したのも日図協自身なのじゃ(って,また業界ゴシップですか? これもまた活字ではまだ指摘されたことのないゴシップ。戦前の日図協の責任を追及するよりも,戦後の,それも戦前派が消えた後の日図協の責任を追及したらどうかしら。生き証人たくさんいるでよ。('0'*)あっ,まだ戦犯もピンピンしてるんだった… A級? それともBC級?)。

5.19追記

根本先生の前川イズム脱構築は,そのむかし『週刊読書人』だったか『図書新聞』だったかに『前川恒雄著作集』の書評を書いていたときに既に(極めてやんわりと)宣言されていたのだった。
先生,わちき見てましたよ〜その記事。

追記

どうやらこの記事が前川先生周辺で問題になっておるようじゃの。
地方在住の人より早く記事をみたのがまずいらしいの。
まあ,見せてくれた人に累が及ぶようだと困るんで詳細はふせるが,わちきだって事務局内部にスパイがいるわけじゃござんせんぞよ。刷り上ったもんをふつうに見ただけですわい。
どっちかっつーと,上記の内容がまずいのであろう。
わちきは別に根本先生にだって学術上の穴はあると思うし前川先生の第二版にだって見るべき点はあると思うが…(少しね)
ただハタから見てても前川先生のほうがどうかと思うぞ。関東の学者たちだって,誰も当時の貸出の躍進について否定はしとらんし,学者先生達だって一枚岩でもないのに,一切合財をごっちゃにして仮想敵にするのはおかしいと思うがの。
肝心の根本先生なんか,自分が仮想敵のひとりだとわかっていながら,あんなにも礼をつくしておるのは,ハタからみれば涙ぐましいかぎり。
そういえば,数年まえの『界』に前川先生の河合先生批判がありましたの。
図書館界』49巻2号 (July 1997)
あれも,ひどかった。
学者は分析するのが仕事なのに,分析しちゃあかん,って論法はどうかと。分析がまちがっとる,とゆーならともかく。
それでいて河合先生が前川先生を批判しているのかといえば,実はそうでもなく。
ハタでみていてかわいそうだとおもいましたわい。
わちきは,知的自由を愛する図書館員様方は,もっと喧々諤々やっとるのかと思っておりましたがの。

*1:さらについでに石原都知事憎し!ってね。まえに都立の人に「石原=極悪」という前提で雑談を仕掛けられてマイッタことがあったなぁ。

*2:あえて言えば,糸賀先生がこの前『図書館界』で,「都立中央は貸出しをしていないが立派に図書館だ。館界の定説では,県立図書館だからあそこは貸出しなくて(レファレンス中心で)可,とされてきたが,べつに県立だから,という解釈じゃなくたっていい(要旨)」といっていたのがあるきり。でも,これだって大都市圏の大規模館は市立でもレファレンスに特化してみたら,といってるにすぎんし。