書物蔵

古本オモシロガリズム

アマゾン評価もいろいろ

出版・流通業界からは,「ノー」

この世には「業界紙」というものがある。
出版業界の『新文化』2.16の一面は「アマゾン「なか見! 検索」についての“紙上討論”」
で,岡野秀夫(言語学出版社フォーラム代表)ってひとが,こんなことを言っているんだけど

このシステムは読者の利便性に適っているか? イエス
それでは,著作権者,出版社の利益になるか? ノー。
今まで出版会を支えてくれた書店の利益になるか? ノー。
構造はブックオフと全く同じだ(後略)

ふーん。
それで,これに呼応するかたちで何人かの投書?があるが,そのなかで,ある匿名出版社員の,わちきの興味を引いた一節。

いまのアマゾンさんの不安点を挙げるなら,(中略)やはり「マーケットプレイス」です。
あれは著者,出版社に直接の利益はまったくない。

ふーん。
うん,まぁ,出版・書店業界の既得権益という点からいえば,それぞれ妥当な見方だろーけどわちきはエンドユーザだからなぁ。

わちきからみたアマゾン

新文化』によれば,アマゾンは「書店でなく,大資本の情報産業」(だから文化破壊者)というわけだが,わちきにとっては書店としてのつきあいしかないので,本をかうサイトとしての評価をここで。
アマゾンについて言うと,マケプレは,

従来の古書店がまじめに扱わなかった(扱っても利益にならなかった)ようなジャンルや出版年次の本が手に入りやすくなった

とゆー点で画期的。
マケプレが成立するまで,ちょっと前に品切れになった本,単価が安くて古書価も高くならない本,どうでもいい趣味の本で専門店が成立してないジャンル,などはほんとうに入手するのがむずかしかった(ほぼ不可能であったと言ってよい)。
これらが,安価かつ迅速に入手できるようになったのは,ひとえにマケプレによる。
もちろん,出版社や著者サイドからみれば,「その分,増刷がられたハズ(あくまで,ハズですよ)」という点で遺失利益が生ずる,ってことなんだろうけど,あらためていいたいのは,

出版社が,品切れだけど読みたい(買いたい)というニーズに細かく対応してきたか

といえば,それは

してこなかったよね

と古本買いのわちきは言いたい。
一覧にまとめると…

従来型古書店 →古い古本 正統的ジャンルの古本
アマゾンマケプレ → 新しめの古本 非正統的分野の古本
新刊書店 → 新本 いろんなジャンル(非売品のぞく)

まあ,ほめるのはとりあえず一休みして…

そんなマケプレの(消費者としての)もの足りなさ

利用者サイドからアマゾン(の本のマケプレ)をみると,つぎの点がものたりない。

親データ(新本の書誌)がないと出品できない

もちろん,1980年代あたりからの書誌データはそろってるみたいだけど,同じ状況を逆にとらえると以下のように捉えることができる。

1970年代以前の本は出品できない
図書でないもの(雑誌(の端本)やパンフ,一枚もの)は出品できない

うーん,この点では,アマゾンのマケプレも,受け皿になってないのが残念。
もちろん上記2点については,「日本の古本屋」を引け,ってことなんだろうけど。

わちきはナニを言っておるのか

もちろん,わちきはアマゾンが価値的に尊いと言ってるわけではなくて,従来の古本流通で救えなかった部分を確実に救う部分を創出したんですよ,それでも,また上記のような部分が残ってますよ,と言ってるだけなのだ。
って,第三者的な評論をしてをるのかとゆーと,ちがーう。
アマゾンのマケプレにさらなる儲け話を提案してをるのだ(それもタダで!)
新文化』の識者たちによれば,彼等はまさしく,血も涙もない情報産業,商業資本なわけだ。とすれば,文化価値をふりかざしても説得などされはすまい。そうではなくて,こうすればもっと儲かりまっせ,というかたちを提案せねば(あるいは先に儲かる構造を作るしかない)。
端的にって,上記の,わちきにとっての物足りなさを満たすには,親データ(書誌)がありさえすればよい。
それこそNIIに売ってもらったら? あ,でも商売熱心なNIIの書誌データは,実はその多くがTRCやNDLのパクリでしかないから*1,なんだったらNDLに売ってもらえばよい。600万点からの(それなりに信頼性の高い)書誌データがAmazonに載ったら,とっても面白くなると思うんだけど。それにAmazonはデータをおくサーバを用意するだけでラクチンの極み。
新文化』じゃあ,著者にマケプレは損だというけれど,そりゃー,ごくごく一部の専業著者だけだよ。埋もれた著者なんかにはむしろ得だと思うんだけど。

*1:商用の二次使用はできないと思うんだが… どどんな契約をTRCやNDLとしてんのかね? あ,そいえば最初ば「試行」だった気も。まだ試行なの??? (・∀・)???