書物蔵

古本オモシロガリズム

面名の成立原理と、その起源:はじめに軟派と硬派があった

3ページ目にない「社会面」の社会記事がいまだに「三面記事」と呼ばれたり、もはら欄には収まらず面をあふれて地上波テレビ面、衛星テレビ面、ラジオ面などと3ページ分にもなってんのに「ラテ欄」などという呼び名があることからわかるように、実は、新聞の面名というのは、

面名が社会的に成立した時期のページ数や枠の大きさを固有名に取り込んだまま、長く流通してしまふ

といってよいと思ふ。
つまり、
成立時の名称がそのまま保存されてしまふ、わけである。

始めに軟派と硬派ありき

いろいろ読んでみると、新聞が明治はじめに成立した際には、そも、

硬派:政治などお堅い記事

を書く硬派記者と、

軟派:硬派以外の記事、つまり雑報記事

を書く軟派記者がゐたといふ。つまり、担当も記事も、硬派とそれ以外とに2分されてゐた。
それが、それぞれに分化する一方、軟派のはうが「社会記事」とか「社会記者」とかいはれるやうになっていったといふわけ。
んで、その分化がはげしかったのが大正時代で。

大正年間は新聞紙面のいろいろの方面に進化の段階を画した謂はばルネッサンス時代とも云ふべく、編輯各部に関する