書物蔵

古本オモシロガリズム

古本大学のお友達、法学士 千山万岳楼主人に就きて

先月、戦前の古本大学を発見して(オタどんはとっくに発見していたが)、喜んでをったが。

古本大学が出した『法制小典』の序者、「法学士 千山万岳楼主人」を河上肇とするとのは無理があると森さんからご指摘があったことを報告しておかう。森さんによれば、なんとびっくりしたことに、この河上肇の雅号についての短い考証がすでにあるというのだ。
そんなの、現状の「合理的検索」ではでませんがな、とて、「なんて広大*1なんだ森さんは」と、おどろきあきれながら参照したことであったことよ。まあ、日本唯一(?)の匿名批評研究家なればこそかしら(σ^〜^)σ
まあ客観的な条件としては、古本大学は本を出した大正11年当時、すでに河上肇は博士号を取っていたらしいこと(ならば「法学士」でなく「法学博士」を名乗ることになる)、また、そもそも河上が使っていたのは「千山万岳楼」の1字ちがいの「千山万水楼」だったし、それを使っていた時期(明治、大正はじめ)ともズレるということがある。
とゆーことで、大阪は道頓堀なる古本屋酒場「古本大学」(大正〜昭和前期)と、その主人・大澤安吉については、千山万岳楼主人からの探索はむずかしくなってきた(゜〜゜ )

*1:博大が意味的には正しいと、これまたご自身のつっこみをこのまへ聞いた。