書物蔵

古本オモシロガリズム

渋谷国忠は…

戦後の楠田五郎太だった(×o×)

たった今(深夜)、渋谷国忠が、ものすごく頭のいい人であるとわかった(゚∀゚ )アヒャ
楠田の失敗をすべて回避し、さらに戦後の図書館法ワールドの教条主義をも回避して、第二の楠田となったのが渋谷だと、いま、わかった。
いやー、歴史ってオモロイね。

渋谷はただのヒネクレ者?(・ω・。)

たった今まで、渋谷国忠は、
中田邦造に反逆したひねくれ者(読書会の自由論争:1943)
・館長になろうと思ってたら助役の親戚にポストをとられて、キレて辞職した人(前橋への転職:1943)
・自分が県立館長になれると思ってたのになれなくて、趣味(萩原朔太郎研究)に逃避した人(石井敦説)
と思ってたけど、それらのネガティヴなイメージを吹き飛ばすような文章を読んだよ。
これは、耕治人の小説の、きわめてまずいイメージが、実際にあった出来事にへばりついてしまっているということなんだねぇ(゜〜゜ )
渋谷は自叙伝を書くべきだったよ。
って、じつは、このわちきが渋谷についていっちゃん詳しいbiobibliograhyを作ってをるではないの(゚∀゚ )アヒャ
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20070519/p2
って、自分で作ってて、すっかり忘れてたよ(´∀` )

おなじストラクチャーで変奏曲を

ん?(・ω・。) またまた何いってるかわかるひとは2,3人しかいないってか(^-^;)
リ・インカネーションなのぢゃ。
楠田の生霊が図書というパッケージを通じて渋谷にのりうつり、楠田死してのち、渋谷をつうじて顕現し、化体するのぢゃ!
いや、この場合、楠田の死霊か。死霊をあやつりて渋谷はあれをこーしてこーやったのぢゃ!!!
もちろん、これは、図書館事業における日本固有のストラクチャーの問題だから、昭和10年も、昭和30年も、さして変わらない。
しかし、そのストラクチャーのなかで、再度、おなじような曲を演奏するさいには、変奏曲でなけりゃあつまらない。でも、それをやるにはアタマが要る。そのアタマが渋谷にはあったのだ。
正直、渋谷国忠を見誤ってをった。超絶アタマいい。反省しきり。

日本図書館史研究批判

けど、オモロイですのー日本図書館史は。
オモロイ業績や人物たちがゴロゴロ野ざらしにされていますよ。
ざらしを拾い上げて、磨くと、おや、けっこうイイ艶がでますよ。
凡百の図書館史家は転がしっぱなしか、やすりでけずっちゃうからなぁ…(*゜-゜)
ざらしが「イタイイタイ」と泣いてをるよ。
もちろんこれは、伊藤昭治氏の志智嘉九郎論を言っている。査読者もどーしてあのようなものを通すのか。一歩譲って志智嘉九郎を貸出主義者にまで削りこむことを見逃しても、事実関係がさっぱりわからんじゃないの。それを「論文」として載せるのは、「学術団体」としていかがかと思われる。『図書館人物伝』のウツワ自体に疑念を呼びまするよ。
せっかく『図書館文化史』なる雑誌に漫談としてすでに載ったのだから、http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20070122/p1そのまま素材としておけばいいものを学術論文とするから「学術」団体そのものの「学術性」が疑われるということになる。
1950年代の学術性論争しちゃうぞ。しかしクスダッチ研究をひっくり返していたら、図書館史トリビアがそのまま現代日本館界の「論点」に直結してしまふというのは… これはどう考えればいーのだらう(゚〜゚ )