書物蔵

古本オモシロガリズム

「見えてたのに見えてなかった」こと(つづき)

わちきは無邪気に,議会図書館にも保管をする部局なんちゅーもんがあるのだなぁ。ご苦労なこと,と思っただけだったんだけど,友人の指摘であわてて写真を見直すと,たしかに「アフロアメリカン」が映っている。

無邪気なわちきと邪悪な友人?

友人はよーするに,

レファレンス要員はネクタイを締めたコーカソイドばかりなのに,出納手ニグロイドばかり

ということをその目で見たということ。
そんなこと一度も文章では読んだことなかったよ(邦文でも英文でも)。おそらく米国では人種差別が「あってはならないこと」なので(文章としては)記述されないんだろうねぇ。で,米国に視察に行った連中も,その目で見てるはずなのに,書かない。わちきはと言えば,この目で見ていたはずなのに認識できんかった…
まさに「見えているのに見えていない」状態だったのだわさ,わちき。
え? そんなことに気づかなかったわちきが,純朴で平等主義者で,気づく人は悪辣なレイシストですって?
いやいや,それはちがうでげしょ。わちきのほうが社会的事象に「おぼこ」だったということだったんだわさ。
この世には社会的差別というものがあって,それはどうしようもなく発生してしまうけれど,きちんとそれに気づくということのほうが,なにも知らずにいるより文学的価値はある。「差別のある明るい社会」(by 呉智英
もちろん出納手がアフロばかりなのは,きちんと能力主義的な選抜を行った末ではあろうけど。米国だし。まぁ,なにをもって能力とみなすか自体が問題ってのは,ブルデュー(フランス社会学者)の「文化資本」論あたりでね。
でも,ここではそんな高級な話にもってくのはやめて,ちょっとひねってみるね。

図書館員の属性(畑)のちがい

→次の日に移植

再度,出納手の話

このまえ引用した植村長三郎によれば,米国では大人がやってるけど,日本では少年がやるもの,と書いていた。おそらくこれは戦前期の彼の認識だったと思う。
たまたま,少年時代,出納手をやっていた人をみつけた。高木菊三郎という人。明治21年生まれなんだけど,明治33年から35年まで「帝国図書館出納係」とやっていたと物の本にある。この人,ほとんど通信教育だけで最後は理学博士になった人。むかしは苦学して大成するってことがあったんすねぇ。そんな苦学生のコースのひとつに出納手があった。
出納手については立派な論文があったはず,と思って探してみたら,やっぱりありました。西村, 正守 (1923-) ‖ニシムラ,マサモリって人がもう何十年もまえにキチンと書いてました。そうそう,この人の論文をみればおしまいですね。この話は。
開架室や公開書庫が普及して出納手ってゆー「職種」はこの世からなくなったけど,そのような仕事は議会図書館のように今でもあるわけだし,これにあたる「page」ってゆー英語の語感に,なにかしら使用をためらわせるものがあるのは今でも変わらないかも。差別なのかねぇ… わからんち