書物蔵

古本オモシロガリズム

図書館ユーモア?

この本を読了。

  • どうか、お静かに : 公共図書館ウラ話 / スコット・ダグラス著 ; 宮澤由江訳. -- 東京 : 文芸社 , 2012.10. -- 551p ; 15cm. -- ISBN 9784286126678. -- 別タイトル: Quiet, please : dispatches from a public librarian. -- 著者標目: Douglas, Scott ; 宮澤, 由江

どうか、お静かに 公立図書館ウラ話

どうか、お静かに 公立図書館ウラ話

うーん。
やっぱり翻訳はむずいと感じた次第。結論として図書館関係者は読んでおくべきだけれど、一般読書人にはちと難しいのでは(*´д`)ノ

全体への感想

長すぎると思う。
フツーの文庫本の3冊分ある記述の量は、たとえば図書館現場のどーしよーもなさを記述するんでも、ちと長すぎ。半分ぐらいでも同じ趣旨が伝わったのではないかなぁ。
逆に長くするんなら、図書館の人事制度とか、ライブラリー・スクール(図書館学校)でならう授業の中身とか、もちっと書き込んでもよかった。

翻訳上の問題

訳語が不安定なところがある。このお話の背景には1990年代に進んだ図書館IT化があるんだけれど、p12で「パソコン」がp529で「PC」、p37で訳注なく「Gateway」「コンピュータ」とか原文がそうだからかしらんが、読んでるほうはまごつく。
あと訳文、地の文はちょっと不真面目な主人公の独白というように設定され、20代男性の崩れた口語調が採用されとるんだが、ところどころにひょいっと文語調が出てきてしまい、気になる。
あとこれは、むしろ一般人が読む場合の問題として丸善の用語集とかつかって、専門語をもちっと訳してほしいなぁ。図書館関係者なら、「図書館用カード」とか出てきても、ああこりゃあ「貸出カード」のことだとか、「図書館大学院」って、library school(図書館学校)のことだねとか、勝手に翻訳できるだろうけれど。

身分制度

特にいちばん問題な訳語は、「ページ」。
一か月まへこの本を拙ブログで言及した際に、拙者がかつて「ページ」上がりだったと自己紹介
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/about
していることに言及しているが。
ページは日本の業界ではもういなくなったといってよいでせう。ってか、訳語が「出納手(出納員)」なので、これを訳語として今の一般読者に使ってもわけわからん。
おそらくこのページなる英語には、出納手なる語がかって持っていた蔑称的なニュアンスがあるのだろうからして。
たとえば、「補助員」とか「お運びさん」とか、ビミョーにへんてこな訳語をつくるというのも一案だが、ページのままなら、もちっと説明をしたほうがよかっただらうと思ふ。
ちなみに「司書補」はおそらく准司書とか訳されているものに近いもので、出納員よかずっとずっと偉い(?)もの。
1970年代、図問研あたりの大左翼の連中がわざとごっちゃに、あるいはあいまいにしたんだけど(いや、左翼運動としては全く正しい)、専門職制ってば、能力による差別の体系。能力によるカーストといってもよい。
だからこそ、みんなの図書館用語編などで出納手は蔑視語だぐらいの記述があったような。ちなみに『図書館用語集』では昭和34年まで国会さんには内規でそのような身分があったとある。
かやうに、

司書>准司書>事務員・出納員

といった階層が日本でも本来は想定されていたわけで、現実にいま日本国憲法のもとで実効力のある1950年図書館法でも、司書と司書補が規定されとるから能力による差別体制は法的に存在するわけ(実際にはこの専門職種制は自治体への義務条項でないのでほぼまったく機能しとらんが)。
米国というのは恐ろしいことに能力による生まれ変わり可能なカースト社会なので、この本でも、主人公がただの大卒出納手から院卒の司書になってをるね。
この本、専門語を見直して、あと翻訳一般の問題を手直しして、判型を大きくし(文庫版は向かないと思う)いろいろ手を入れたら(たとえば、脚注にするんなら3ケタにも達する数字は不要)もっと推挙できるんだがなぁ。。。

人種問題

あとこの本を米国の図書館事情本として読む向きには、肌の色が書かれてないことに注意すべきだろう。
ん?(・ω・。)
ちゃんと、主人公は白人だ、とか同僚のどーしよーもない司書たちが白人女だと書いてあるぢゃないかってか(σ・∀・)σ
それよ。
逆に黒ってことばが全然ないでしょう(σ^〜^)
困った利用者たちの一部の描写にスパニッシュだということが明示的にでてくるけれど、それ以外の人々については職員の一部がエイヂャ、じゃないアジアンだと書いてあるだけ。
むかーし、わちきが"LC bulletin"の蔵書管理部の話をオモシロがって訳してたら、友人がやたらに「くろい! くろい!」といふ。
何かと思ったら写真を見ていたのだねぇ彼は。
たとえば、挿絵があったらもっとわかりやすくなるのでは。

貸出し作業はどーでもいいとしても

あとこれは原著に対する不満だけど、主人公が司書に成り上がってからせっかくレファレンス・デスクに座ってをるのに、レファレンス・サービスについての具体的記述がないのが困ったところである。
この本はおそらく露悪的にやってをるからして、わざと理念系に逆さを書くのはいいのだが、ならば専門職のコアの部分のダークサイドをも描くべきだったのではあるまいか。