書物蔵

古本オモシロガリズム

古書マニア同人誌「麒麟」創刊の辞


HPですぺらのカキコによれば、『麒麟』創刊号に次のような創刊の辞みたいなものが、編集後記として「妄言(編集後記に代えて)」という題であるという。書いたのは八木昇という。

 やっと『麒麟』第一号が出来上がりました。東京神田の古書展早出組の定連で、大衆文芸関係に興味をもっている拾人の強者(つわもの)? が、類は友を呼ぶのたとえ通り、いつの間にか知り合いとなり、自然に一つのグループが形成されました。
 名付けて「麒麟の会」――命名者は島崎博です。「みんな畸人(きじん)で唯我独尊、書物道では人にぬきんでていると自称し、麒麟(きりん)の如し、と思っているんだから、語呂も合うし面白いじゃないか」という、何だか妙な理由で提唱し、みんなの暗黙の了解のうちに決まったという次第です。

「古書展早出組」なんていふ言い方があったのかすら(゜〜゜ ) まあここいらへん、戦前の斎藤昌三らも、当日の午前0時に業者を叩き起こしたという話があるから、いつの時代も似たようなものなのね(´ω`*)
でも、並ぶ人たちと求められる本(の種類)が変わる(。・_・。)ノ 少雨叟の時代は、和本や近代文献(明治本)だったのが、麒麟同人が集めてたのは昭和前期の大衆文学、児童文学だったといふわけ( -Д-)ノ
その『麒麟』の5号には加狭英雄「マンガの狩人」なる記事があり、二三年まえ(つまり昭和48年ごろ)まで、戦後マンガは業界自体が相手にしてなかったので、戦後マンガのコレクターたちは古書店や古書展を使わずに集める方法を見出した、などということが書いてある。
古書業界史では、手塚マンガに100万円をつけた中野書店さんのことがひとつのメルクマールになっとるけど、いつのことだったかしらん。
歌は世につれといふけれど、実は古本も世につれなのであーる( ・`ω・´)b

麒麟の会」は淵源を辿ると、遠藤憲昭と井上敬二郎の出合いから始まります。挿絵収集の遠藤と、時代小説収集の井上とは、昭和初年の剣戟映画に共通の話題が生じ、交際が開始、やがて少年物の秋山正美が加わり、別に共存していた探偵物の島崎博と大衆物一般の八木昇の二人が合流し、グループとしての形が出来てきました。そして島崎を介して胡堂物の種市登が加わり、遠藤を介して少年物の藤田清美が、八木を介して花柳物の中嶋光一が、それぞれ参加、春浪物の佐々木信敏、異色物の岩本史郎が加入するに及んで、今日の「麒麟の会」が誕生し親睦の機関誌『麒麟』が出来たわけです。
 この拾人は大衆文芸書収集の点ではエキスパートを自認し、それぞれ火花を散らす激戦を演じています。いささか呉越同舟の感なきにしもあらずの「麒麟の会」ですが、書物を追ってのこけぶりは一面天真爛漫、この世の太平楽でもあります。

「この世の太平楽」ではあったが、古本好きには実は狭量な人がまぎれこんでおり――ん?(・ω・。) わちき?(^-^;) いや、それほどでもない…と思ふよ(σ^〜^)――何があったか知らねど、さっそく秋山正美が退会(σ^〜^)σ
この秋山さんにはわちき、ちと因縁があるので調査継続中なのだわさ。ってか、あの不思議な小説の解説めかした自伝で明らかか(*゜-゜)
これからも、日本史上、唯一といってよさそうな、古書展常連による同人「麒麟の会」については調査することにしたのぢゃo(^-^)o