書物蔵

古本オモシロガリズム

妖怪「たいと(たいとう)」は1964年生まれ

愛書会では高尾文雅堂が人名レファ本をいくつかだしていたんだけど
そんなかに一冊おもしろい資料が
けど、大部なので買わず。1ページだけのために買うのもなぁ、と思い直し一度かかえこんだものを戻してしまう汗汗
・実用姓氏辞典 / メーリング. -- メーリング, 昭和39
これの改訂、昭和41年版が2500円で出てた。
この、なんの変哲もなさげな難読姓氏よみかたリストが実は…
なにをかくそう、ネットをかけまわっておる妖怪が生まれた所なんだわさ(^-^*)

日本語の隘路、漢字

やまとことのはは、しなもじ、ひらかな、かたかな、ろおまじ、さまざまにてつづり、まことに、めんどーくさきものにて。
漢字ってーのは、ながめてるとなにやら呪術的な意味づけをしたくなってくるもの。
だからわちきの友人Aはいまでもかくれromazi論者なのじゃ(・∀・)
白川静先生の白川文字学がウケたのは、それ呪術的なものとして、「説文解字」以来二千年ぶりに体系的に説明したことにある(白川説が真実だから、ではないと思うぞ。わちきは好きだけどね)。
まあそれはおいといて。
庶民に限って、むずかしさへの憧憬がふくらむ、というのは呉智英先生が珍走団の漢字使用を挙げて述べていたところ。
たしかにローマ字論者って、じつはみんなむつかしい漢字が読める人たちではあるなぁ(*゜-゜)
漢字を呪的なものとして考えると、その形が当然に問題となってくるわけだが。
漢字の場合、「画数」という概念があって、概念があるところにはあらゆる偏愛があるというのがわちきの考えなわけだが。
すぐ、最大の画数の漢字は何か、という疑問がとびだす。
画数なんて数え方でどうとでもなり、そもそも大篆や小篆などの書体、亀甲文字の筆記具などの都合でどうとでもなってきたという歴史的事実に照らせば、ぜんぜんたいした問題ではない、というのは、そりゃーインテリの言う所ではあるが、世の中、インテリばかりじゃないんです。

最大画数文字は?

こんなもんはすぐわかる。
悪名?たかき「諸橋大漢和」の、画数順索引の末尾をみればよい
64画に「テツ」がある

龍龍
龍龍

はい、おしまい。
だが、ググると、さらに多い画数がある、ということで出てくるのが、
「たいと」と読まれるとされている嘘字なのじゃ!`・ω・´)oシャキーン

 雲
雲龍雲
 龍龍

サブカルねたの宝庫、ウィキペディアにさっそく立項されとる(・o・;)

(たいと)は、画数が世界最大の文字、漢字である。総画数84画。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%A8

国字「たいと」は1964年生まれ

で、ここの典拠として挙げられてるのが、メーリングの辞典なわけだが、これって1964年の出版で、こんな新しいもんが典拠なんかになるということ自体が問題。
んで、この辞典をみると、データの出所についても書いてあるけど総論として書いてあるだけで、「たいと」の出所は明確でない。
結局、この本以前に出版物としては遡れないではないだろうか。
1960年代に、国字が1文字、創られたということになる。それも、実用性のまるでない国字が。

苗字研究者のお墨付きっぽいもの(1981)

悪いけどいわせてもらうっち。
もちろん、このメーリングの辞典が元凶ではあるんだけど、学術的な罪として,おそらくは、姓名研究家の丹羽基二さんに間接的原因がある。
『姓氏の語源』(角川書店1981)で、「何かの間違いかも」と疑問を呈しつつも、「実用姓氏辞典』にはちゃんとある。日興証券株式会社で、約百万人の客のカードから出てきた。」と、オモシロばなしめかして,最終的に苗字としての国字「たいと」の実在をを印象づけるような表現をしてしまっている。
それでいて,メーリング辞典には,たしかに日興も典拠のひとつには上がっているけど,それぞれの苗字に典拠が示されているわけではない。あるいは1960〜70年代に,メーリング辞典編纂者から丹羽氏が直接聞いたのかもしれないが,それならそうと書いてくれてればよかったのに。

わちきの仮説 「たいと」は「うそ字」

そこらへんの事実関係をしっかり取材してくれたうえで紹介してくれていたならば。
現在ただいまわちきが,このような仮説を提示することができるのに。

「たいと」は「うそ字」*1。証券取引の裏取引か脱税がらみで1950〜60年代に局所的に使われた仮名に由来するのではないか。おそらくその仮名は「たいとう某」であっただろうが,当時,名刺は縦書きであったため,「たい(雲×3)」「とう(龍×3)」の合字として証券会社のカードに転写されてしまったために国字もどきとして成立した。

「たい」「とう」の合字とする仮説は,『日本の漢字』(岩波新書)の笹原宏之先生も提示しておるね(p.88)。
もひとつ。
これは学術というより出版産業の罪というところになろうが。

今昔文字鏡の罪。

・『今昔文字鏡(CDROM)』石川忠久ほか 紀伊國屋書店 2001 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%98%94%E6%96%87%E5%AD%97%E9%8F%A1
10万字以上も漢字もどきがあるそうな。チュノムや則天文字とか広く広く漢字もどきをあつめてくるのはよい。けれど,これ出典が一部にしかないのがレファ本としては致命的。
この,レファ本としてはいささかハテナの出版物に「たいと」が載っちまってるんだわさ。きっと『国字の字典』(1993)をそのまま載せたのだな。プンプン

こまったこと

ネットの住人は、活字や出版物にあるから信用しちまうのかもしれんが、ネット同様、活字世界にも(割合はネットほどではないとはいえ)うそ・へんてこ情報というのはある。
この「たいと」については
この「たいと」をめぐる、てんやわんやはしばらくつづくだろうけど、けっきょく、メーリングの辞典と丹羽さんの罪作りなコラム記事に帰着することになるだろうと予言しておく。

*1:江戸時代の戯作者が遊びで作ってた