書物蔵

古本オモシロガリズム

代謄写とは

戦前の文献を探索する途中で。
代謄写」というコトバにいきあたった。
どうやら印刷物の表紙にすりこまれるものらしい。
これがナニを言ってるのか、わからんかった。
戦前の出版法規集、出版ノウハウ本を数冊みるもわからず、困っておったのじゃが。
そこへ友人が出現。あっとゆーまにわかった(とはいへ、たぶんに推測を加える余地があるのだが)。

コンメンタールの一節に

彼がもってきたのは出版法規のコンメンタール(解説本)。
榛村専一(しんむら・せんいち)「出版法」『現代法学全集 33?,36』(日本評論社 1930?,31?)
この全集、なんか出版形式が錯綜してて引用しづらいね。あたかも雑誌のような構成。友人がもってるのは前の持ち主が主題ごとに再製本したもの(なので書誌事項が不明)。
これの、「〔p.〕34―榛村・出版法」ってページにこんなことが書いてあった。

〔著者、発行者、印刷者の刑事責任について概説したあとで〕 これ等の者は出版物に「非売品」又は「以印刷替謄写」と掲ぐるもその責任を免るることはできない。

とあるのがそれ。
この一節にある「以印刷替謄写」が、わちきの知りたい「代謄写」の正式?のいいまわしであろう。
いまググると、「」でなく「」の字を使う事例のほうが多いよう。「以印刷」つきのものも、ついてないものもあるよう。
「インサツをもってトウシャにかう」とても読むのだろうか? 「代謄写」だけなら「ダイトウシャ」と読めるが「以印刷〜」となると音読みはしづらいよね。

解釈(推測)

上記コンメンタールにはこの表記につきそれ以上のことは書いてない。話のついでにちょっと触れた、って感じの書き方になっている。
友人の推測では、出版業界の慣例の一種なのではないかと。
出版法では、じつは「謄写版」であっても「出版」として取り締まりの対象となる(とこのコンメンタールにある)。
法には「出版物」の定義はないが「出版」の定義はあって、1)思想を内容とし 2)機械的に複製され 3)販売頒布を意図されるもの だという。だから、1)思想が内容でない切符とか、2)手書きとか、3)販売頒布を意図されない ものは取締り対象にならん、というわけ。
で。
そのついでに、「出版(印刷?)業界には、こんな慣例もあるけど、これってぜんぜん取り締まり逃れにならないんですけど」ってな感じで出てきたように、わちき達には見受けられたというわけ。上記本には「謄写」も取り締まりの対象になりますよ、との記述もあるし。
逆にいうと…
取り締まりを回避するために、業界には「以印刷替謄写」という文字を表紙に刷りこむ慣例があったと推論できる。

あくまで手書きの書写の延長ですよ。出版じゃないですよ。(内務省様へ)お手を煩わすようなもんじゃありませんよ。(読者様へ)べつに地下出版じゃないですよ、内務省にタレこまないでいいんですよ。

という護符として表紙に刷り込まれるようになり、いつのまにか広がった(のではないか。あくまで推測)。
制度ではないから、法令にもないし出版ノウハウ本にもはっきり書けない。かろうじて法令注釈本に、ネガティヴなかたちで言及されたというのが真相ではないかしら(あくまで、推測)。

さらに危険な推測の推測

こっからさきはわちきの妄想でしかないんだけど。
コンメンタールに無意味とかかれているのにもかかわらず、当時、ひろく行われていたという事実をどう解釈するかということ。
内務省はわかってて見逃してたんじゃないかなぁ。
実務をしたことがある人ならわかると思うけど。
法令に定めがあっても、それを遂行しつくすことは容易にはできない。つねに予算や人員は有限でしかない。
そんななかでお役人も仕事をすることになる。
業界が勝手に出版物にシルシをつけて謹んでくれれば(いまの成年マンガみたい)、そりゃ実務官僚にとってはありがたい。べつに、とがめだてる動機もない。
じっさい、(ネットでみる範囲では)団体内でのお知らせ、事務連絡など、いまでいう「灰色文献」の類が多いような気がする。
これら微細で多彩な「灰色文献」が、ほんとうにきっちりすべて検閲のため納本されてきたら!
図書課はてんてこまい。下読みのアルバイトを大増員しなけりゃなりません。
もちろん、それが本当に共産主義や反軍思想、エロの出版物であれば、マークなんか関係なく取り締まりできるわけだし。基準が一定してない、なんて文句をいわれることもない。
じつは内務省にとっても都合のいい「慣例」だったのではありますまいか。