書物蔵

古本オモシロガリズム

数奇な運命をたどりたる『邪淫戒』:エロか聖典か

浜の真砂は尽きるとも世にエロの種は尽きまじ

とかや。
さてここに、本人的にはきはめてマジメに漢訳仏典を国訳・和訳しやうとした経験なる仏教者がをった。名を、キタガワ・チシヤウといふ。
大正末年、こんな翻訳本を出したのぢゃ。

四分律」(しぶんりつ)とは、4回にわけて述べられた仏教教団の戒律のこと。

大正15年の「一大情史、一大ロマンス」は削除ぢゃーo(^-^)o

ところが、これは出版社の宣伝か、はたまた北川本人の意図か、ちょっとエロ味をにほわせて売らうとしたといへるのではあるまいか。タイトルもさうだし――じつは中身もさう。比丘尼が性欲で悶へちゃふ話が満載――いまオクにあがってゐる内容見本でもそれっぽい。

これを縦断的に見れば男女情欲の深刻にして慨嘆す可き暴露であり、これを横断的に見れば情欲の豊熟せず自然に生れたる一大情史、一大ロマンスである。

と、いふことで、この本は、

削除処分

とあいなったのぢゃo(^-^)o

  • 北川智聖「問題は仏典の発売禁止/「邪淫戒」の一部削除に就いて(上)」『読売新聞』(1926.11.18朝刊)p.4

「去月二十七日突如その筋から発売頒布を差止められ、越えて翌二十八日に至り、同書二百九十九頁から三百二頁までの削除を命ぜられて漸く発売を許されることになりました。」

  • 北川智聖 「問題は仏典の発売禁止/「邪淫戒」の一部削除に就いて(下)」『』 (1926.11.19 朝刊 ) p.4

「然るに茲に小著小乗四分律抄訳の『邪淫戒』が一旦発売を差止められ、遂に内容の削除を命ぜられたといふことは、」

訳者の北川智聖(ちしょう)は、さかんに、これは仏教の経典であって、漢訳がOKなのに、和訳が削除だなんて理不尽だ、といふ主張を縷々述べてゐる。
ただこの本が削除処分になったことは、上記新聞記事や日本の古本屋の古本データからほぼ確かぢゃが、帝国図書館本にないし(どうも、当初から交付されなかったらしい――帝国図書館書名目録より)、筆禍大年表にも、福岡井吉の発禁年表にもでてこない(大正15年分のみ、両方の本が採録範囲であるのぢゃ)。
といふことから、削除処分を跡付けるのは、かなりむづいのぢゃ。

それから10年…

もう当局も忘れちゃったかな… と、実は北川智聖も思ったのであらうか、なんとまた、中身は同じマンマで―ただし、出版社はちがふ―ほぼ同じタイトルで、出版を試みたのぢゃった。それがこれ。

北川智聖 譯著. 邪淫戒經 :. 北斗書院, 1936. 386p ;
call no.:183.8-Ki63ウ
表示印刷日昭11.5.10
納本日:?
内務省月別受理番号:420
帝図受入日:昭11.5.22(納本)
表示発行日:昭和11.5.20

そして、たった半年しかたってないのに、今度は、ちがふ訳者を立てて、ちがふ出版者からまた出したのぢゃ。

北川智聖 訳著. 邪淫戒 :. 日本仏教新聞社, 昭和11. 386p ;
call no.:特214-261
表示印刷日昭11.12.15 ※十二が半角扁平
納本日:?
内務省月別受理番号:833
帝図受入日:昭12.1.8(納本)
表示発行日:昭和11.12.20 ※十二が半角扁平
表紙:「削除済」押印(活字?色不明)

じつはこれ、著者がふえとる。中身、まったく同じなのに。
邪淫戒 : 新譯小乘四分律 / 眞繼義太郎著 ; 北川智聖譯著. -- 東京 : 日本佛教新聞社 , 1936.12. -- 2, 9, 386p ; 19cm. -- (BA73932840) ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA73932840
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