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古本オモシロガリズム

『新訂情報サービス論』の感想

新訂情報サービス論 (新現代図書館学講座)

新訂情報サービス論 (新現代図書館学講座)

まず最初に褒めちゃう(^-^;)

これと、もう1冊読めば

これまでの「レファレンス・サービス」に「利用者教育」を足したような概念として、「情報サービス」という概念があるんだけど(1990年代から)、レファを含む情報サービスについて、ひととおりのことをまんべんなく、それもUP to dateに書いたよい概説書だと思った(o・ω・o)
業界内における現在の第二次レファ・ブームにおいて、まずは参照さるべき本ではないかいな(=゚ω゚=)
ってか、そーゆーの、ないんだもの。このまへ読んだ斎藤康則先生のは、なんだか論文集のごとくであったし…。
ん、でも大学図書館の事例が多いから公共の館員さんにはヒネリが必要か(゜〜゜ )
レファ論を展開するんなら、これだけぢゃなくて、いまでも長沢雅男『レファレンス・サービス』(丸善1995)を押さえておかないといかん、というのは第1章のかきぶりからもわかる。逆にいえば、長沢(1995)と田村(2010)をきちんと読めば、レファ論についちゃあ大きな顔ができるという、なんというラクちんな(って、きちんと長沢著を読んだヒトにあったことないなぁ)。
あとは気になるとこをランダムにいくつか。

ビブリオフィルならぬ

先日読んだ千代田図書館のヒトとちがって、チト、図書館(と情報サービス)のレゾンデートルを所与のものとして立論しとる側面があるけれど(って、司書課程の教科書なのであたりまえか)
え、さういふおまいはどうかって(´∀` )
わちきはね、分類とか件名とか、古本とか、こんないいもんをみなに教えるのはもったいないと思っておる(・∀・) わちきがおバカをできるのも、他人が見つけられん古本を「発見*1」できるのも、多少、主題標目に通じてたり、古本のことを知ってをるからぢゃ。それに、情報検索だけでなく、文章を書いたり、プレゼンをうまくやったりするのにその基本コンセプトが使えるというのは、ここだけのヒミツ

情報リテラシー」という語は(米国)図書館界が発明

この本によれば、図書館における「情報サービス」ってば、レファ+「情報リテラシー」教育のことなんだけど、この「情報リテラシー」という語・概念は、じつは米国の図書館界で1974年に発明され1989年に定式化されたものなんだそうな。意外なり。ってか、さすが米国の図書館界と思うた次第。
まあ、情報社会(インフォメーション・ソサエチー)とか、知識管理(ナレジ・マネジメン)とか、代行検索者(サーチャー)なんてのは、日本起源の英語だそうだけど。

レファの拡大した部分とは?

長沢(1995)が「間接的業務(indirect reference service)」と呼んでいた部分が拡大したという。
これはまったく正しくて、ダイレクトとインダイレクトのうち、派手なダイレクトを中心にサービスを考えてると、理論上まちがいであるだけでなく、日本の場合、実際の政策論争大阪府立みたいにドツボにはまる。
また、構造の変化が表面的に現れた部分に、過剰に引きずられてしまう(『出版ニュース』の記事)。あの記事はノスタルジーとしてはいいけれど、実はレファレンス・サービスの構造全体を誤解していた証左という位置づけになるねぇ。

プラグマティズムは館界にも

まったく、米国のプラグマティズムはおそろしいの。
結果として役に立つことが無意識的かつ長期的に生き残っていく。
って、ドイツ流に、かくあるべきだからかくある(こうす)べきなのだ、ってんじゃない。
いろいろごちゃごちゃやってるうちに、なんとなーくそうなっていく。
だから、明確な説明がない。あっても、あとづけの説明になる。
マジメな日本人の場合、アメリカ流をドイツ風に解釈しちゃうから、失敗しちゃうんだよなぁ。
レファレンス・サービスの定義はこうこうだから、これはレファレンス・サービスじゃない、とか。
図書館の定義はこれこれこうだから、あれは図書館じゃない、とか。
とくに環境の激変期にこーいった観念論で現実を支配しようとすると、すっころぶんだよなぁ(・∀・`;) 因循姑息なる(日本)図書館人ってか(゚∀゚ )

最近ハヤリのpathfinder

つくるのはいいけど更新が大変だから、トピックを増やすのには慎重にならざるをえんとゆー、まともなことが書いてある(σ・∀・)

講義をし執筆をする司書

これはあるオニャノコの指摘で気づいたんだけど、執筆者がほとんどKO大の図書館関係者で占められている。
わるいけど1980s-90sのKO図書館関係者って、優等生的ではあるけれど、分を超えた(まわりからの役割期待以上の)ことをしない雰囲気があったから、近年は(いいほうに)変わったのかも。ってか、GHQ肝いりのJapan Library Schoolのなれの果てであってみれば、本来の役割を果たすようになってきたというところかな。
なんと授業のコマも持っているそうな。従来から司書課程のコマを持つようなことはあったんだけど、一般学生にむけた授業でコマを持つというのは日本じゃ、めずらしいのでは(σ・∀・)σ
ってか、講義をし、執筆もすなる専門職員が「司書」ということではあったのだが。

*1:ったって、ころがってるもんを拾うにすぎんのだけどね。