書物蔵

古本オモシロガリズム

およよ(・o・;) 石山御大が終結の辞を

オタどんも書いておったが、「古通」の「源流から辿る近代図書館」が今号でおわりとのこと。文献注が少ないのでわちきはいささか批判的だったのだが… って、御大がいきなり書いちゃうと影響力が大きすぎ、かつまた文献的根拠がたどれないとこれまた困るということなのである。
それはともかく、サイゴにあたってイイことを言ってくれている。

さて、わが国の近代図書館の源流は一系統だけではないように思われる。

と。
御大は4つにわけて提示する(適宜、要約した)。

1)博物館図書部門モデル 町田久成が推進 「(博覧会事務局)書籍館
2)米国公共図書館モデル 田中不ニ麻呂が推進 「東京書籍館
3)西欧都市公共施設モデル 来日オランダ人の助言 「(京都)集書院
4)自生的「地方読書組織・施設」 「新聞縦覧所」

なかなかにオモシロき提言なり。御大らしく、国立図書館について目配りが。1と2を別モデルとしているとこね。
あとづけ的な現代図書館情報学上の「館種」概念だと、たとえば館種「国立図書館」を次のように理解したくなるが…

【専門的ニハ】書籍館東京書籍館東京図書館帝国図書館国立図書館>国立国会図書舘【マチガイに近い】

でも、こんな単線的理解はだめよ〜んと言っているわけだ御大は。
帝国図書館」官制公布の前、東京書籍館・図書館の基本的性格は公共図書館一般のモデル館であった。もちろん、石井図書館史学などに言わせれば、だから戦前、図書館は伸びなんだ、という理屈になるわけだけど、文部省の図書館を公共モデル館と見ている点では見解が一致。

わちきの整理

これを借りてちょっと卑見を述べてみん。
御大の使う「源流」というコトバの、流れ、ってのを、「あっ! あんなのがホスィー」と思った人のココロのモデルとして捉えなおしてみる。
わちきはどうせ4つにモデル化するなら、御大の2と3を統合して、こんな一覧をつくるですよ。

図書館モデルと日本の事例

1)社会統合の象徴モデル(米国など) 京都集書院(明6) 書籍館ブーム(明10s) <大典・戦捷・行幸>記念図書館(明治後半〜昭和前期) 新・千代田図書館
2)クラブ財モデル(NYPLとか大英とか) 満鉄図書館(昭和前期) 私立公共(大橋図書館名古屋公衆図書館など) アカデミーヒルズ図書館
3)社会政策モデル(英国など) 中央図書館制(昭和8年改正図書館令) 貸出躍進期の公立(1970s)
4)民間自立モデル 貸本屋 新聞縦覧所 文庫活動(1970s) 貸レコード屋 レンタル・ビデオ 漫画喫茶 ブックカフェ ネットカフェ

1は今で言う「場としての図書館」論かな。わが村、わが町の誇り、記念物としての図書館。実際に使うかどうかの問題ではなくて、行くとココロが落ち着くとか、他郷で思い出すとか、ハナシのネタにするとか。国レベルでいうと、国立図書館がこの機能を持っていたりもする。
2は、限られたコミュニティのメンバーで使うもの。実は大学図書館という館種はまるまるここに入っちゃったりもする。でもニューヨークパブリックみたいなもんはここね。
3は、給付行政ね。いやべつに給付はわるいこっちゃないんで。配給所。配本所。本をバリバリ貸出してくれる。でも借りない人にはイマイチ訴求力が弱い…
4は、自生的、普遍的というか。これは民衆の読書装置として大切なものだよ。だれか図書館情報学の文脈から研究せんかなぁ(*゜-゜) てか英米にこれに類するもんがあるのだろうか? 知らぬのう(´・ω・`)