書物蔵

古本オモシロガリズム

検閲納本の行方

ちとhtml文の練習もかねて作ってみた。

検閲による出版物の行方パターン表
出版物の種類現物(各copy)
 処分結果納本正本納本副本市中在庫
普通出版物(出)咎めなし東京市立図へ
 →千代田etc
帝国図へ
 →NDL
発売頒布
発禁書庫で保存
 →GHQ
廃棄?差押
発禁後
分割還付
書庫で保存
 →GHQ
廃棄?差押後還付削除済を
発売頒布
削除書庫で保存
 →GHQ
廃棄?削除後発売頒布
官庁出版物(出)スルー?廃棄?廃棄?まれに
帝国図へ→NDL
発売頒布
出版雑誌(出)咎めなし廃棄?廃棄?まれに
帝国図へ→NDL
発売頒布
発禁書庫で保存
 →GHQ
廃棄?差押
発禁後
分割還付
書庫で保存
 →GHQ
廃棄?差押後還付削除済を
発売頒布
削除書庫で保存
 →GHQ
廃棄?削除後発売頒布
宣伝刊行物(出)咎めなし廃棄?帝国図へ?
 →丙部?
発売頒布
発禁廃棄?廃棄?差押
新聞紙(新)咎めなし廃棄?廃棄?発売頒布
発禁廃棄?廃棄?差押
新聞雑誌(新)咎めなし廃棄?廃棄?発売頒布
発禁廃棄?廃棄?差押
発禁後
分割還付
書庫で保存
 →GHQ
廃棄?差押後還付削除済を
発売頒布
削除書庫で保存
 →GHQ
廃棄?削除後発売頒布
非合法出版物発禁納本されず納本されず差押・1部書庫で保存?
 →GHQ
代謄写もの咎めなし納本されず納本されず不干渉
発禁納本されず納本されず差押・1部書庫で保存?
 →GHQ
非出版物咎めなし納本不要納本不要

表の説明

この表のは、昭和前期に印刷物として生産されたものの全種類が、当時の行政(内務省図書課など)によってどのような枠組みで認識され、現物が結果としてどのように残っているか(残りうるか)ということを示す為に作成した。検閲納本の流れを図示したものって(これは表だけど)、浅岡先生が千代田図書館のパンフ「内務省委託本」で示したものぐらいしかないよ。
?は仮説の部分。

出版物の種類

検閲業務上、当時の事務官らが使っていた概念を転用し、さらに、全印刷物をこの表上に展開するため、論理上どうしても必要になる枠組みを足して、それに便宜的な名称を付与した(非出版物)。当時のフレーズを用いたところもある(代謄写)。

  • 普通出版物(出)一般+その他。代表的なのは単行本。ただし予約出版物法により規制されていた全集もの、講座ものや、パンフレットなども行政実務上は普通出版物として処理していたように思う。
  • 官庁出版物(出):現在でいう官庁資料、政府出版物。国立機関(帝大や試験所)は入るが、ナント、地方団体(県など)のものは入らないんだそうな。法令上、検閲を受けねばならないが、「出版届」書は不要であるなど、民間出版物にくらべものすごく甘く、実務上は納本が厳守されていたわけではなかったようだ。当時の統計上、無造作に出版物にくりこまれ4割ちかくを占めていて、市販単行本=一般出版物とする現在の感覚で戦前の統計をみてはいけない主因となっている。また、実態としては多くが逐次刊行物にあたると思われる。帝国図における「十四点函」(じゅうよんてんかん)などがその例。
  • 出版雑誌(出):出版法で届出された雑誌。学術や文芸、統計、宣伝の雑誌はこちらで届けでてよいとされた。納本事務が新聞紙法の雑誌(新聞雑誌)より簡素。「時事」問題の記事は載せてはいけないとされた。
  • 宣伝刊行物(出):ポスターなどと思われる。
  • 新聞紙(新):「時事」を論じてよい保証金あり(有保証金)と、論じられない保証金なし(無保証金)のどちらかで登録されていた。
  • 新聞雑誌(新):新聞紙法で登録された雑誌を実務上、こう呼んだらしい。有保証金、無保証金のどちらかで登録。現在でいう雑誌は「新聞雑誌」と「出版雑誌」をあわせたものだが、現在、戦前の出版統計を論じるうえで律儀にこれら二つを出版法の統計と新聞紙法の統計から切り出しているものは、あまりない。
  • 非合法出版物:「エロ本」(昭和初年からの語という『書物語辞典』)と「主義本」で、最初から検閲を通らないことをみこして納本しないもの。不穏文書取締法
  • 代謄写もの:著者や印刷者による「出版物ではありませんよ」宣言で、内務省のいう「逃れ言葉」。概念上、1980sの図書館学用語でいう灰色文献(gray literarure)にあたる。当時、表紙に「代謄写」(よみ:不明)とか「以印刷代謄写」(よみ:いんさつをもってとうしゃにかう)と刷り込まれていた印刷物をここではこう呼ぶ(わちきは便宜上、ダイトウシャと読んでいる。おそらく当時の現場でも後半がとれだ段階で便宜的にそう読んでいたのでは)。初期(明治前半)は多少、ちがう表現もあるが、おおむねこのフレーズが使われ、昭和30年ごろまで使用された。戦前からある近代日本書誌で一度も研究俎上にのぼったことがないようだ。
  • 非出版物(内部資料):これはわちきの造語。当時の法制上(行政実務上も)、届けなくてよい「印刷」物(プリント)はあったわけであり、それらを総称する語として用いた。具体的には家族・記念写真、商売上の帳簿・伝票、手紙など。商売品として売り出された絵葉書は出版物として検閲をうけるが(おそらく宣伝刊行物)、個人が趣味で作る絵葉書は納本されなかったよう。引き札は実はこちら。当時の出版法コンメンタールを見ると、引き札の範囲についてさかんに言及されている。

処分の結果

種類によってありえる処分パターンでわけてみた。

  • 咎めなし:わちきの造語。検閲を通った、という意味。ただし、検閲とおったよ、という通知書あるいは証明書の類は出ない。発行日になんにも知らせが来ないのがこれ。逆に言うと、発行日後、内務省はいつでも、「どもども。ちょっとたったけどよく見たらこれ発禁ね」という処分ができた。まぁあまりなかったけれど、そういうことはたまにやった。
  • 発禁:よみはハッキン。発売頒布禁止。雑誌・新聞などでの(以後の継続的)「発行禁止」ではない。一説に「発行禁止」は「ハ<ツ>キン」というらしいが…。
  • 分割還付:発禁になったものでも、問題箇所を切り取れば、出版社がとりかえして発売頒布できるという「恩恵」。
    1927(昭和2)年8月11日の示達による。ただし、実施は同年9月1日発行のものから。
    単行本と、月間以上に刊行頻度が緩い雑誌(出版雑誌・新聞雑誌)だけ。昭和4年6月7日の示達で、週刊以上に拡大。日刊や隔日刊など頻度の頻繁なものは対象にならない。(週刊などの)新聞については明示がないが、対象にならないっぽい。
    発行者が書面で内務省へ請求する。「還付決定通知書」が請求者に来る。削除箇所は内務省が決定する(通知書に記載があるのだろうか?)。
    請求は発禁命令がでた日から1ヶ月以内でないとダメ。
    差押された現物は地方庁(東京は警視庁)にあるらしく、そこに請求者は通知書を持っていく。
  • 削除:発禁ではない。問題箇所が限定的な場合、「ここは削除して。削除するなら合格」ということで発売頒布できる。制度にない内務省による「恩恵」。

本のそれぞれの部(copy)について

現在、発禁本として残っている本が、おなじ本でも、どの系統に属する個体なのかを意識しないと、話がこんがらがる。そこで、内務省への納本の1冊めを仮に納本正本、2冊目を納本副本としてみた(当時、正副の区分けはなかったと思うが)。新聞や新聞雑誌については内務省以外に地方庁(東京では警視庁)へも送らないといけないので納本は5部あるんだけどね。「市中在庫本」はわちきの造語。