書物蔵

古本オモシロガリズム

地図図書館学がない日本

之潮の社長さん

・地図・場所・記憶 / 芳賀啓. -- 共同保存図書館・多摩, 2010.5. -- (多摩デポブックレット ; 3)
もう2年もまえの公演(2008.10.5)らしいんだけれど、出版物としては最近。
芳賀さんは出版社、之潮(これじお)の社長さん。『帝都地形図』とかすばらしき出版をしているとこ。
・帝都地形図 / 井口悦男編 ; : set - 別冊 : 総解説・参考写真・総索引[地図資料]. -- 之潮, 2005
話は社長さんが前に勤めていた出版社のことからはじまる

しかしながら、そもそも網羅的な一国の歴史地図帳などということは、K書房のような小さな出版社には無謀な企てだったのです。結局、倒産の危機に見舞われることになりました。そのときはじめたのが旧版地図のリプリント(ファクシミリ復刻)で、これは需要がありました。少部数でも、高額で販売に付すことができたのです。地図資料を発掘しては解説をつけて、複製、製本し、営業に手渡すのが仕事になりました。潰れかかった会社がこれで急激に息を吹き返したことはまぎれもない事実です。(p.8)

まぁKがどこかというのはすぐわかるとして、たまーに古書展のはじっこにドカーンところがっている巨大な(小机の天板ほどもある)復刻地図帳って、そーゆー事情で出たのね。

索引のない本を出したら死刑(σ・∀・)σ

で、芳賀さん自身は、それは経済的に成功だったけれど、「私としては大きな疑問符をかかえこみ」ということで、

本をつくる以上は、『売るために投げ出す』のではなく、手を掛け心をこめ、得心のものをつくるべき(略)得心のいく本づくりの基準のひとつは、(略)その本なり資料集に、まともな「索引」があるか否かということになります。(p.9)

復刻モノでも、きちんと索引や解題をつけないと、それは復刻の意義が半減するということはわちきもつねづね感じておったところぢゃ。

「旧版地図」(superseded map)といふ言葉

社長さんはいろいろオモシロいことを言うてをる。
「古地図(こちず)」は、『地図学用語辞典』ではあっさりと前近代(江戸期以前)のもの、と定義されちまっているが、

もっと極端に、最新版が刊行されたために「古く」なった地図を「古地図」あるいは「フルチズ」ということもありますが、この場合は「旧版地図」あるいは「旧版地形図」が正しい言い方とされます。英語で言うと superseded map = 「上に乗っかられた地図」。

うん、バックナンバーというか、旧版ね。
昭和3、40年代にマニアが集めてた江戸期以前の地図でなく、コチズでないと用語辞典で定義されている明治以降の近代地図の現用でないもの、これこそがむしろ人文・社会系の研究にとって必須のものであり、まさしくこれらを大切にせねばならん、価値あるものとして復刻・再評価していかねばならん、ということですな。大賛成なり。

大縮尺地図

ほかにも、民間人の生活実感にそくしたスケール(縮尺)に固有の呼び方があってよいのではないか、という提言もある。

「ヒューマンスケール」とは言い換えれば大縮尺ということで、私は5000分の1以上(略)ということをシューマンスケール=大縮尺の目安としています。ちなみに、現在の住宅地図の縮尺は、およそ1200分の1から1500分の1ほどになります。

わちきも以前、火保図商工地図住宅地図に目覚めて後、大縮尺図にはまっておったことがあったが… じつは大縮尺図に関するいい解説がないんよ。国土地理院の地形図はせいぜいが1万分の1だからねぇ。あえていえば、K書房でさかんにだした復刻地図に付録でついておった説明書、あれが大縮尺図の解説として使える、というのはここだけの秘密ね(・∀・)

社長さんの話した内容、ほぼ全面的に賛成なのだが…

ここでさみしいのは、こーいった「調べ物に地図を使う立場から地図について一通りの知識体系を展開してくれる知識分野」が日本にないことなのだ。
いやサ、外国にならあって…
って、何度か言及した「地図図書館学」がそれ。
日本の場合、図書館の閲覧部門が、

単行本(=図書)の貸出(=通し読み)

に偏って発展しっぱなしになってしまったという不幸な歴史があって、

単行本以外(=非図書)の参照(=レファレンス)

というニーズにものすごーく不感症になってしまっている。
実際、たとえばレファ部門を抱えていると見られとる国立図書館へ行って、昭和前期のレファ本を書庫に請求したらマイクロしか見せませんと、まるで参照作業のことがわかってないことまるだしの対応があったりする。これはまさしく、日本のpublic service部門の司書が、倉庫の番人以上のものに進化していない証左であろう。

日本に地図図書館学が「ない」ことを記述してみん

日本でいかに地図図書館学が根付いてこなかったかを、チト、手許の文献をもちいて軽くスケッチすると…
実は日本近代はじまって以来、地図図書館学についての本は3冊ある。定番技法だけど、NDC:01*と、件名:地図*で掛け合わせて国会の所蔵DBを引くと。
・地図の整理法 / 江崎正,北山忠雄. -- 江崎正〔ほか〕, 1957 
まずこれ。これは超めずらしいが、このまえようやく入手して、ちょっと見てみた…
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20100215/p1
うーん、大したことないんだよねぇ。地図(特に地形図)がふつう一枚もの(map)であるというところから、その収蔵法について述べたり、まぁそれは必要でもあるしいいんだけど、いまいち…
むしろこの本は、この時期にこーゆー主題の単行本が出たということ自体で評価するべきもの。米国占領軍の影響で、1950年代に図書館学がおおいにはやったよすがということである。
さて、上記検索結果ではもう1冊本がみつかる。
それは…
・地図・場所・記憶 / 芳賀啓. -- 共同保存図書館・多摩, 2010.5. -- (多摩デポブックレット ; 3)
ありっ? これ九段ぢゃなかた、件の本じゃないかってか(・∀・`;)
そうなり(σ^〜^)
はてな? じゃあ2冊ぢゃないかって、あんたはアタマがいい(σ・∀・)σ
じつは残った1冊はこれ(  ̄▽ ̄)
・地図資料概説 / 鈴木純子[他]. -- 国立国会図書館, 1996.5. -- (研修教材シリーズ ; no.12)
近代日本に3冊しかない地図図書館学の本のうち、唯一、体系的に、日本の近代地図について使う側から述べられた本がこの本なのであーる
5年まえにわちきがもったいぶって教えなかったものぢゃ(^-^;)
http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20060401/p1
おほむかし、図書館情報学なる奇天烈な学問を習った折、

国会の研修教材シリーズって、内部資料なのに一般性があるのがあるんだよ

と習って以来、集めるのを趣味にしとったのぢゃが、じつはこの地図図書館学のものは15年もたつのに未だに代替本がないというのも納得ナリ(同シリーズのほとんどは今日的には乗り越えられているが)。だって、日本近代始まって以来、芳賀さんのも含めて3冊しかないんだもの。
ちなみに、なぜ地図図書館学の本なのに上記の検索式でヒットしないのか、ヘンだなと思って見てみたら…

普通件名 地図学‖チズガク
NDLC  ME61
NDC(8) 448.9

あーあ
こんなのつけちゃって…(*´д`)ノ
こりゃあ、主題分析の初心者や、基礎知識のないまま固まっちゃった自称ベテランがよくやるマチガイなんだよねぇ。まぁあそこも一千人からの職員がいれば、いろいろということなのかしら。
このように日本で誰も書けなかった本を書く人もおれば、その本に間違った分類件名をつけちゃう人もおったということですな。これぢゃあ日本語で1冊しかない地図図書館学の教科書がただの地図学概論書のなかに埋もれてまう…(・∀・`;) せっかくの日本語唯一の教科書が同じ会社のアホな同僚のために埋もれたままに…
そんなことはほっといて…

日本主義地図図書館学の提唱

だんだんよくなるほっけの太鼓…
昨今google mapにも入り、バカみたいに使われる住宅地図なるものは日本(とその地番システムの悪影響をうけた韓国)ぐらいにしかないという。かような特殊日本的な資料を取り扱う図書館学こそ翻訳でない日本固有の図書館学であらねばならぬ(`・ω・´)
まーた、書物蔵がトンチキなことを言い始めたってか(σ^〜^)
さうなのぢゃ! これこそ日本主義地図図書館学なのぢゃ!
さきの『地図資料概説』を先に奉りて、あわてて生成したる次のエフェメラをば読破せば、日本地図図書館学の全体像に迫ることができるのぢゃ(`・ω・´)

  • 東京を中心とした地形図類の作成について / 清水靖夫著. -- 柏書房, 1984. -- (大正・昭和東京周辺1万分1地形図集成 : 京葉・京浜・多摩地区 ; 解題)
  • 明治大正日本都市地図集成 / 地図資料編纂会編 ; [本編], 別冊解題[地図資料]. -- 柏書房, 1986
  • 日本統治機関作製にかかる朝鮮半島地形図の概要 / 清水靖夫著. -- 柏書房, 1986. -- (一万分一朝鮮地形図集成 / 朝鮮総督府作製 ; 解題)
  • 昭和前期の都市地図について : 「昭和前期日本都市地図集成」解題 / 師橋辰夫, 清水靖夫著. -- 柏書房, 1987
  • 大阪・京都・神戸・奈良の都市地図について : 「日本近代都市変遷地図集成」解題 / 矢内昭[ほか]著. -- 柏書房, 1988
  • 商工地図」をよむ / 地図資料編纂会, 岩田豊樹, 松沢光雄著. -- 柏書房, 1988. -- (昭和前期日本商工地図集成 / 地図資料編纂会編 ; 第1期・第2期 解題)
  • 戦災復興期東京1万分1地形図集成解題 / 清水靖夫, 越沢明著. -- 柏書房, 1988
  • 土地宝典(地籍地図)について / 大羅陽一著. -- 柏書房, 1989. -- (地籍台帳・地籍地図「東京」 / 地図資料編纂会編 ; 解題)

けど、最後にいっとくと、じつはこれらの知識を総覧する表が必要になるのぢゃ。しかしてその表はいまだ書かれてをらぬ… ってかわちきのフォルダにあるぢゃんか(σ・∀・)