書物蔵

古本オモシロガリズム

『古本マニア採集帖』は独学者・在野研究者列伝としても読める

サイン本が瞬間蒸発?!

古書蒐集家36人の趣味生活を書いた『古本マニア採集帖』という本が出た。普通の新刊書店で買えるようになるにはまだ2,3日かかりそうだけれど、特殊な古本屋ルートでは昨日あたりからサイン本が買えるようになっているらしい。版元さんが言うにはサイン本100冊があっというまに消えたそうな。
それはそうと……。
何を隠そう、わちきこと書物蔵自身が被伝者としてインタビューされとるというシロモノ。
要するに古本マニア36人の半生の伝記でもある。

古本マニアの裾野と中間

古本マニア列伝というと、岡野他家夫『書国畸人伝』(桃源社, 1962)とか斎藤昌三 著. 『36人の好色家』(有光書房, 1973)とかを思い浮かべるが。
ある種、対極的というか、それらに出てくる古典的で、濃ゆーい、extra-ordinaryな人たちと、ちょっと位相が違うというか、手前というか、十分常識人な人たち、でも、十分古本マニアといえるような人たちを探してきて採録した本である。
いちど、友人のリバーフィールドさんと一緒に昭和戦前期の古本マニア全員リスト*1を編纂したことがあったが、約4500人ほどだったが、古本マニアには階梯というものがなんとなくあって、家産を傾けるほど本を集めるとか、初版本を何十冊も持っているような人というのはそれなりに数が少ないもの。
単に本を安く買いたいからブックオフに行く初心者数十万人から、毎週金曜10時前に必ず古書会館の前に並ぶ30人まで段階がある。それだけでなく最近はサブカル資料はまんだらけ駿河屋など従来古書ルートとは全然違う狩場もできており、多様化が進んでいる。
そういや次の「古本乙女」本の解説に古本ルートのこと書いておいた。

ふつうの人が本を集めたっていいじゃないか

古書蒐集家というと、畸人が定番だったわけだけれど、善良なる市民、パパママ、一介のサラリーマンが本を集めたってなんら差し支えは――本来――ないわけである。では、そんな人達って、どんな人達なんだろう、ってのがこの本でわかるのだ。
もちろん、古本集めをするには、それなりの気付きや情熱がつきものなので――それが蒐集のスジにつながる――ちゃんとそういうこだわりはあるので、本当にプレーンな人たちではないけれども、大学教員や資産家、というような人は見当たらないようである。
たまたま、36人中で「神保町のオタ」こと、○○さんは、長い付き合いなので他の人より知っているのだけれど、あれだれけの知識を持ちながら、大学サークル時代を除き文筆をせず、本当に一介の(失礼!)俸給生活者だった人である。

「野の遺賢」

しかるに彼は、いま一部で戦時期知識人史で注目され始めた「スメラ学塾」について、イチバン詳しい人だったりもする。
彼を見て「先行研究」のそのまた先行に趣味人がいる仮説を、わちきは建てるようになったんだった。最近、先行研究のない研究をしまくっておるけれど、そういった研究にも趣味人や業界人の書いた「先行文献」というのが設定できて、それを探すと、実は「先行研究」がなくても研究がはじめられちゃう。それはともかく……。
オタどんみたいな、きわめて常識人――それは「兵務局」さんみたいなネットの古本フレンズも同様――な人が、実は「野の遺賢」「市隠」なのだなぁと思う次第。

古本フレンズ?

『独学大全』や『在野研究ビギナーズ』がベストセラー的に迎えられている昨今、本来はわからないまま終わっちゃう36人の「市隠」のことがわかるのは貴重じゃ。
36人もいるので、独学者や在野研究者が、自分の(心の)先輩やフレンズを2,3人は見つけることができようぞ。彼がこうなら自分はこう、というのが「私淑」という独学技法なのだとは、読書猿さんの弁だったかと。
つまり、自分がなりたいモデルを36人のなかに求めるという読み方もあるよ、ということ。
なんてったって最若年で学部生の古本マニアも入っているからね。

*1:『昭和前期蒐書家リスト』2019同人誌