書物蔵

古本オモシロガリズム

法規・基準の解釈・適用・運用・誤用ということ

紙で出なくなって以降、全く読む気が失せちまってる『びぶろす』とゆー雑誌。これも昔、そう、昭和20年代には時代の最先端を行っていたものだが…(*゜-゜)
ちっと前、コピライト氏んトコで電子版が言及されてたんで読んでみた(・∀・)
すると、順々先生が司書による著作権法の運用について噛み付いてた(×o×)
・山本順一「著作権問題とライブラリアンの著作権認識」『びぶろす』平成20年夏号(電子化41号)
こんなかで、順々先生が、全体としてはよくできてるという大学司書のマニュアル、
・「大学図書館における著作権問題Q&A(第6版)」(国公私立大学図書館協力委員会大学図書館著作権検討委員会2008)(http://wwwsoc.nii.ac.jp/janul/j/documents/coop/copyrightQA_v6.pdf
の、手術用にFAX送信しちゃった論文の許諾を事後でだせ(素直に読むと、FAX送信はダメ、つまり<患者を死なせてでも著作権法の条文を守れ>とゆー趣旨)、といっているところについて、かみついてる。
先生は違法性は阻却されるのではと指摘したあと、

著作権制度を中心として世の中が回っているわけではありません。いつも著作権法のテキストを見ていておかしいと思うのは、著作物のかかわるすべての事象を閉じられた、それも見方によっては随所に不十分なところを持つ著作権制度の枠内で議論を完結させようとすることです。

わんさとある法律は相互に矛盾してたりするから、それをどう解釈していくか、ということだけで本が1冊できちまう。あるいは矛盾してなくても、それを現実に、結果として正しく適用していくのは著作権法をいくらながめててもできないというわけ。
司書ってば、おとなしくってマジメな、そして法曹実務を知らん人が多いから、「著作権法」という単独法の文理解釈にてもなくヤラれちまうからねぇ(・∀・`;)
法匪とマジメ司書の組み合わせがサイアク。「マジメ」に考えれば考えるほど、「マジメ」に会議を重ねれば重ねるほど、図書館経営は硬直化し、コストが増大し、アウトプットは減少し、縮小再生産となり、図書館そのものが無用の長物となっていく…
著作権法解釈にマニアックに嵌った司書が、著作者も司書も利用者も納税者も、だれもハッピーにならない解釈・運用をしちまうことはよくあるからのー。ってか、そーゆー人は本質的には<司書ではない>のだろうけど。
ってか、なんで順々先生、こんなド真ん中のズバッとしたことも書けるのに、図書館雑誌先月号みたいな、筆がツルっとすべっちゃったよーなものも書くのかなぁ〜(-∀-;) まぁ、それが先生の魅力なのかすら…(・∀・`;)