書物蔵

古本オモシロガリズム

船橋西図書館の事件の陰で

被告をビミョーに擁護する投書は… 専門的には追撃となる

世に喧しい焚書事件。本日の朝日にある大学院生の投書「図書館の本を廃棄した心は」とゆーのがあると教授さる。投書をした人は被告に会ったことがあるそーな。

彼女[被告]の行為は違反である。
しかし,子どもと良書に尽くしていた彼女だからこそだったと私は感じる。表現や思想の自由と,教育。「新しい歴史教科書」が国内を越えて問題となる中,このジレンマは見逃されるべきでない。

全体として被告を擁護しているようにみえる投書。これを載せた朝日新聞の意向も同じように私には思われるけど
ま,一般人にゃあそうでしょう。けど専門的には,彼女なるものが与していた流派に不利になる立論ですな。
上記の投書を専門的に言い換えると「価値論者だったから政治的中立が保てなかった」ということになる。

価値論と要求論の闘争

1980年代後半から,業界内では価値論者と絶対的要求論者が隠微な闘争を繰り広げてる。価値論てのは,本を買うとき,イイ本かどうか,変な本か,税金を使うに妥当な本か,ってな観点から選ぶ立場。要求論ってのは,客が求めるもんを買うのがよいという立場。
投書者は知らず知らずのうちに,価値論でやってると必然的に政治的中立が保てないかのように書いてるけど,党派的に偏ったことをするっちゅー点じゃあ要求論者だってかなりのもんだよ(それに政治的に中立な価値論ってのは十分なりたつし)。
現に,この事件を奇貨として図書館の自由宣言の解釈のある部分をこっそり改定しようとしたでしょ某絶対的要求論者。業界でもほとんど報じられなかったけど(けど「図書館雑誌の大人読み」をしてたわちきは見逃さなかったもんね)。
価値論と要求論のどちらが妥当なのかは,それこそきちんと論争しなけりゃならないワケで,こーゆー大事件の陰でこっそり館界の大切な宣言にもぐり込ませるすじあいのもんじゃないでしょ。
って一般人にはワケワカランでごめんなさいです〜(ってか業界人でもほとんどの人にはおなじか…)