書物蔵

古本オモシロガリズム

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セリグマンの社会科学事典

紀平英作「ニュースクール(2)」『図書』(2014.11)に事典史のヒトこまが。
セリグマンの社会科学事典(1930-)は有名で同時代のアジアにも影響を与えたが、

知られていないのは、この事業がニュースクールの運営責任者ジョンソンと彼の集めた編集スタッフ(その幾人かがニュースクールの若い講師たち)を中心に進められた点であり、ビアード、デューイ、パウンドというニュースクール周辺の大物ブレーンが項目の選定などに協力した点である。

新聞記事はまちがうのが定め、ただし…

進歩的文化人による史観を壊す方向に働いてきた佐藤卓己先生が、原理的に正しくも、オモシロいことを言っている。
朝日新聞は戦前から誤報訂正について前向きに取り組んできた(唯一の)新聞社といってもよいが、その朝日でさえ、「一九九二年に吉田青治証言が虚偽だと実証されたとき、なぜすぐに記事撤回と謝罪ができなかったのだろうか。〜〔先進的なはずの朝日の〕誤報論と対策案を読めば読むほど、誤報の防止は困難に思えてくる。〜〔結局〕対策に実効性がないことを意味している。」ということで、

むしろ、「新聞記事」の考え方を抜本的に改める必要があるのではないだろうか。

ただし、誤報欄を常設せよ

佐藤先生ははっきり言ってないが、〈新聞記事はもともとまちがうものである〉とゆー前提で新聞紙発行すべきなのだということである。

誤報防止に力を注ぐより、誤報を早期に発見し正しく訂正すること

が信頼性につがなるのであり、

誤報欄」を常設

すべきであると。
その意味で

保守メディアの「朝日バッシング」はこれと真逆の方向を指向している。〜〔今回の朝日に落ち度はあったが〕誤報を認めたという点では評価しなければならない。

わちきも、おなじ考えなり。
佐藤先生は誤報欄の常設以外にも、こんなことを言っている。

新聞は公益性があると判断すれば、十分に裏がとれなくても、推測であることを明示するかぎり「期待」を大いに語ってよいメディアである。だからこそ、歴史家による後の検証に向けて新聞社は情報公開に積極的であるべきなのだ。

と。
これまた佐藤先生は具体的に述べてくれていないので、どんなことが「歴史家による後の検証」に役立つ「情報公開」なのかについて言っておきたい。

はっきりいって、記事索引がない

もちろん古典的な意味では、「縮刷版」が必要ということになる。がしかし、その縮刷版だとて、特定記事を求めてさがすには、すくなくとも年と月ぐらいははっきりしとかんと使い物にならないものである。であるからして、いまふうに言へば「記事データベース」が必要といふことになるのぢゃが、過去記事をまともに検索できるようにしてをるのは、読売と朝日しかないね。

「歴史家による後の検証」の具体策

ここで「過去記事をまともに検索できるように」てふは、もとからあったテキストデータの再利用でなく、それ以前の紙面もきちんと検索でけるように遡及的にデータを作成する、といふほどの意味であり、具体的には電子入稿がはじまった一九八〇年代後半よりもまへの記事を用意できないような「記事データベース」ぢゃあ、「歴史家による後の検証」はでけんといふことだわいね。
もちろんこれは、個別の新聞会社への文句(とくにデータの遡及をやらん、日経、産経といった、いまある会社への文句)でもあるが、せっかく蓄積してきた新聞記事索引事業をなんの検討もなく1995年に中断しちまった国会図書館への文句でもある。
1979年以来、共生閣・藤岡淳吉による昭和8年の「焚書」が、あったのかなかったのか、それが問題だと言われ、小谷「出版異聞」でなかった説が踏襲されとったが、新聞をちゃんと調べりゃあ、ちゃんとあったことがわかるわけで(『文献継承』拙稿参照)、それが、ないの、あるの、と事実認定のことから混乱していては、「歴史家による後の検証」なぞでけんわけで。
毎日(東京日日)や時事新報など、過去の主要新聞をひととおりちゃんと検索できるようになってこそ、「歴史家による後の検証」もできるといふわけである。

おまけ

ん? おみゃーは、文句ばかりぢゃないかってか。さうなり。さうなれど、現状ただいまの情報環境で、日本語ワールドにどんな記事索引があるかの一覧ぐらいはここに提示せん。
かきかけ