書物蔵

古本オモシロガリズム

臏島善次郎(1915-1943)

ご子孫が来訪されたので改めてヌデ島善次郎さんについてつかんでおることを述べてみん。
臏島善次郎
よみはヌデシマ・ゼンジロウ(『青年図書館員連盟会報』10(1) p.10 (昭12.1)による)
1915(大4)年群馬県に生まれる。(ご子孫証言)
旧制富岡中学校を卒業後、短期間国鉄に勤める。(ご子孫証言)
1936(昭11)年3月に図書館講習所帝国図書館附属)を卒業(第15期生) 同期に小川昂(-2008;音楽図書館学)、阪本一郎(前橋のサカモト書店経営)らがいる。
「文部省圖書館講習所第十五回修了生記念撮影」『学友会雑誌』(6)に肖像あり。
織豊時代に於ける耶蘇繁徒の出版」『学友会雑誌』(6) p.59〜62
1936年ごろ上海に渡り、東亜同文書院図書館に勤める。当時の住所は東亜同文書院舎宅(中華民国上海虹橋路100号)
1937(昭和12)年1月ごろ、青年図書館員連盟に入会。鵜鷹幸蔵(会員番号44)の紹介。512人目。(『青年図書館員連盟会報』10(1) p.10 (昭12.1))
臏島次晃というペンネームを持っていた可能性あり。(「会報」による)
1938年はじめごろ、東亜同文書院から中支建設資料整備委員会、資料整備事務所に派遣される。
「上海たより:戦後の上海圕概況」『圕研究』13(〓) p.74-79(1940.〓)
1941年、南京国民政府の図書専門委員会図書館に派遣。
「南京、上海、杭州に於ける図書の蒐集と整理:中止建設資料整備委員保管圖書館の国民政府への返還まで」『圖研究』14(6) p.237-247(1941.6)
1943年ごろ、現地で応召。
1943(昭18)年、ブーゲンビル島にて戦病死(ご子孫による。山崎元によるラバウル説はなんらかの誤りか)

メモ

つぎの書誌で検索できるはずが、ヌデ島でなく勝島になっているのでカツシマで引く。

追記

ご子孫の情報で訂正。特に生年が判ったのは有難かった。さらに東亜同文書院関係をさらえば何か出てくるかも。