書物蔵

古本オモシロガリズム

日米もし戦わば! お勉強会にみるポテンシャル

方法論マニアだったわちきは、組織内や業界内での「勉強会」の方法論についても大いに興味あり。
で、米国に研修に行っている日本図書館員のブログ記事「日米”勉強会”事情」(http://hvuday.seesaa.net/article/48931412.html)を読んで、おおいに感心す(ってゆーか、やっぱりと思う)。
日本では「米国では」「海外では」と、英語の読めるオバカさんたちがさかんに、できもしないこと、やってもしょーがないことを鼓吹するのだけど、いつもわちきが疑問なのは、「ホントに米人たちはそんなことやっとるのか」とゆーこと。実際には米人達はどんなことをどんなふーにやってるのか。でも、邦文の図書館情報学文献ってそーゆーの、意外とないのだ。
レジュメもほんとにレジュメ程度にしかつくらんというのもオモシロい。
日本じゃ、パーキンソンの法則そのままに、レクチャーを頼まれた下僚が、100ページにもわたるレポートをこさえて、延々と朗読し、それを聞かされた上司がさすがにあきれた、とゆーハナシがごろごろしてる。それで下僚はべつに悪意があったわけじゃないから困る。
いつか、見学の発表会をやるというので聞きにいったら、発表時間ギリギリ最初から最後まで、みっちり一字一句ぎっちりギチギチ読み上げる原稿を用意してあって、それが延々と読み上げられたのを聞かされたが… ホント、まいったよ(トーゼン、質疑応答の時間などなし)
これもまた、パワポかなんかで造った、くるくる螺旋上のうずまきが書いてあるイラストを延々と見せられて、「こんな思いつきで論理破綻しとる紙芝居でどーすんの?」と思ってたら、そのまま開発しちゃって、結果、ダメだしされたり。
結局、日本文明はなんでも「おもちゃ」にしちゃうのね。
わちき、レジュメはなるべく簡単に作る(その代わりキモの部分<だけ>はよく考える)のが身上なんだけど、おおいに意を強くした。
でも、こーゆーのって、「不真面目」に見えるんだよねフツーの日本人には。