書物蔵

古本オモシロガリズム

意見と事実:調査部の思想

ちょと前だが,酒川玲子女史が『週刊読書人』の最終ページに連載しておる「図書館」
今回は、わるいところとよいところを同時にハッケーン
まずは
NHK「クローズアップ現代」の8/1放映「モラル崩壊?日本人はどこへ」の冒頭に、図書館蔵書の切り取りや書き込みの例が出てきたという。
で、この人は、ある意味定番の、「心」の問題としているわけだけど(これはわるいところ。事業に、安易にココロの問題を持ち込むのは、戦時中の神がかり的軍人や軍国少年とまったく同じ)。
ひとつ、よい記述が。
それは、

経験的にいうと、ハードカバーの本で30回〜40回位貸し出されると綴じがぐずぐずになって全体が壊れてきます。

という部分。
じつは、こういった実数(カネ目も含め)がぜんぜん教科書に書いてないのだよ図書館情報学なるものは。TRCの寡占率も書いてないし(・∀・)
同じ号の巻頭では猪瀬直樹氏が自著『道路の決着』について談話。
小泉先生とタイアップして道路公団民営化をしたわけだけど、それの適否は措いといて、彼が、(大衆動員やテロでなく)徹底して情報公開で政策を変えさせようとしたのは、えらい。
調査部の思想ともいえようか。
満鉄の調査部なんかも思想としては似たようなもん。いま、国会に「調査及び立法考査局」ってのがあるが、あれはおそらく、議員が猪瀬氏とおなじことをする手段としての意義があるんだろう。
けど、肝心の議員先生がなぜだか官僚出身者ばかりじゃどうしようもないけどね(・∀・)
以前、そこの職員が毎日新聞二世議員ケシカランと投書してビックリしたことがあったけど(だって、社員が株主を罵倒するようなもんですよ)、わちきにいわせれば、そんな意見は庶民のヒガミ。きちんと権力分立してるかどうかを問うべきなのだ。
官僚から議員が補充されるより、党人や地方名望家から補充されたほうがよっぽど権力分立に資すると考える。
ついでにいえば、古本屋からも補充されるべき(・∀・)
ってのも、国会の蔵書をつかって、政策論をしたのが絶望書店だったのじゃ。
この先からリンクで飛んでみそ。
なんと、日本人はどんどんおとなしく温和になってきたというわけなのじゃ。
酒川女史は、「ブログなど安易にカキコできるもんがあるから蔵書へのカキコも増えてる(要旨)」ぐらいのことをいっておるが… 大いに疑問じゃのー
もし仮に、昔は落書きが少なくて、今はそれと比べて増えたという事実があるとすれば、それは、ココロの問題でなくて、そもそも図書館には上品な人しか来なかったとか、怖いオヤジが館員だとか、もっと違う要因に原因を求めざるをえないねぇ。
政策論に、安易にココロの問題をだしてはいけないのじゃ。
ココロというものは、他人を分析したりするよりも、自分を律するために使うものなのじゃ。