書物蔵

古本オモシロガリズム

めも


安倍能成「一日本人として」『昭和文学全集. 第10 (安倍能成,天野貞祐,辰野隆集)』角川書店、1953、p.98-104

ただ、岩波とわたし」を語るにつけて一言したいのは、岩波書店支配人堤常のことである。堤は実は私の従弟である。不幸な家庭に生まれて且つ病弱だったのを、私が岩波に頼んで房州岩井の岩波の知人に紹介してもらひ、そこで療養してゐた。彼が房州から帰った時だったか行くときだったか、私は学生で他人の家に居る身であり、せんかたなしに岩波に頼んで、ちやうど前にいった原宿の岩波の愛の巣に一時おいてもらった。その時岩波夫婦が炬燵をしつらへて堤を迎へてくれた懇情は、今もなほ涙なくして思ひ出されない。堤はその後赤坂病院に入り、薬剤師になる積りであったが、岩波が書店を開くに至ってそれを手伝ふことになり、それが遂に切っても切れぬ岩波との因縁になったのである。(p.103)

岩波書店があれだけの信用を博し得た裏には、実に堤の地味な人知れぬ努力のあったことは、岩波書店を知る人の誰しも認めるところである。岩波の女房役としてワキ役として、堤は実に好適な人物であった。(p.103)

昭和二十一年五月六日

逆に、出版者や出版地、出版年から書誌エントリを検索・一覧することができるやうになったのは

岩波茂雄の一高以来の親友で、大正4年岩波書店に入店。〜昭和24年会長、37年相談役。[家族等]二男=堤精二(お茶の水女子大学教授)」『出版文化人物事典』(2013)p.258