書物蔵

古本オモシロガリズム

(レファレンス)ライブラリアンが書誌(文献目録)を作っていた意義・意味について

このまへの日曜日、ユーセンくん等と飲んだ際、某出版史家にこういはれた。

『参考書誌研究』、デザイン変わってから中身つまんなくなったンで、買うのやめちゃったよ。創刊以来、ずっと持っているけれど。

一時期、私大図協の書誌作成部会といふのがあって、いろいろオモシロげなことをやっていたようである。

まえは実用品だった書誌

何年かまへ、一度、『参考書誌研究』について書いたことがあったけど、この雑誌はごく初期を除き、書誌ばかりになって「参考研究・書誌研究」ではなくなっておった。最近、業務報告みたいのを載せて、それ自体はとても参考研究とはいえんものだったけれど、てっきり編集方針が変わり、本来の書誌と参考研究の2本立てにもどったのかと思ったら、うわさでは変わりすぎて廃止になるとか。
件名目録が禄に整備されんかった時代、主題書誌は実用品でもあった。ただこれは、きちんとOPACで件名検索できるようになれば、(単行レベルしか収録しない)書誌は実用品ではなくなるわけである。もちろん、理論上は、の話で、日本の現状はその手前をウロウロしとるわけだが、いずれにせよ、早晩そうなる。

ファランス演習として

だが、そうなったとしても、ライブラリアンのリファー力の養成には、ほんとうは必須なのだわさ。
簡便なものにせよ書誌をつくるということは、実はまともな調査者、研究者ならだれでもやることで、それすらやったことのないクラーク司書たちはせめて書誌ぐらいは作ってみなければ、とーていレファランス作業の手伝いなどできんのに、これではどーしよーもな。
消防隊員にせよ警察官にせよ軍人にせよ、平時に演習をしとかなけりゃあ、いざ鎌倉というときに役にたたんでしょ。