書物蔵

古本オモシロガリズムーー古本マニアの日々是趣味の人

初期の月報で好きだった連載「ラベルと請求記号」

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初期の月報、好きだったなぁ 本や図書館のことがよくわかる
「ラベルと請求記号」という連載が一番好きかな
この連載は歴史ある図書館だとジェネラルコレクションが資料群(NDLでは目録の「島」にあわせてシマと呼ばれたこともあった)からなることを教えてくれる。
びぶろすにも古い号には図書館学の良い記事かチラホラ
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初期の月報に「廿日出」の三文判があるのは、これは春秋会事件後に乗り込んできた千葉県立の廿日出, 逸暁 (1901-1991) ‖ハツカデ,イツアキさんの旧蔵。びぶろすに赤えんぴつでSaitoとあるのは斎藤, 毅(つよし), 1913-1977旧蔵。
shomotsugura.hatenablog.com
廿日出さんは事件で退陣死亡した金森さんの次の館長になろうと乗りこんできたのだった(っ´▽`)っ
しかし「不祥事」といへば、実は15年まへの書物蔵出現自体が不祥事だなぁ組織論的には(゜~゜ ) わちきが古本道を復活させたのは1年間にわたるパワハラが原因だったから あと、わちきが書物蔵その他に書いていることって、みんな本で読んだことばっかで、公知の事実ばっかなんだわさ
廿日出さんの野望についてはちゃんと『調査屋流転』に書いてあるですよ(σ ・∀・)
不祥事というのは、何年かに一度あって、ちゃんとギリギリ、新聞記事にちっちゃーくなったりする さういふ意味で、ちっちゃーな新聞記事の背後になにがありそうか、書いてあることはあくまで一部なんだらうなぁ、といったことを推論する習慣がついたな
歴史とマスコミ論のお勉強である

エアフィックス社のカタログにプラモ受容史の片鱗を見る

ブックカバーチャレンジ最終日 プラモメーカー、エアフィックス社のカタログ
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むか〜し実際に見ていたものは、これより少し前の版だけど、これらはしばらく前、高円寺の週末展で安く拾ったもの 刊行は1970年代の前半かなぁ… カタログ類は刊記がないのが困る この手のものは週末展にほとんど出なくて、むしろヤフオクに出るような気がする
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これ見ると分かるけど、当時のプラモは実際に手に持って飛ばして遊ぶものなのよ
毎夏、親の親友んちが横須賀(正確には田浦)にあって、必ず猿島へ海水浴に行ったんだが。 当時、記念館三笠の舳先んとこまで米軍の敷地で、フェンスのむこうで米軍人の子弟が、B-17のプラモを振り回しているのが見えたなぁ(*゜-゜) あれはエアフィックス製だったに違いない ん、ラベールか?
ついでに一緒に拾ったフランスのメーカー、エレール社のカタログ
後ろは宮崎駿の画集ね
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兵隊のプラモも実際に戦争して遊ぶもの だからお城もあった
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飛行機をブーンと口でいいながら手で飛ばす、というのは、今から考えるとやや滑稽ではあるけれど、当時はむしろ一般的なプラモ受容で。 アニメ『風立ちぬ』のメイキングで宮崎駿庵野を前に、実際にそうやってて「ああ、これは古きモデラーしぐさだ(・o・;)」と感動したものぢゃった
エレール社の箱絵はみなみな、油絵風の美麗なもの。 プラモは箱絵とセットで受容されるものだったのよ。それが1980年代、米国での消費者運動の高まりで、購買者を騙すもの、とされて完成写真にさしかえられてしまって、ずいぶんプラモの受容法が変わったんだった。リオレエオリビエ、欲しかったなぁ(゜~゜ )
エアフィックス社はおもちゃも作ってた
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拙ブログでは、ほとんどプラモに言及しとらんね いまモデラーはジャンルで分化しちゃってるが、わちきは初期モデラーの系譜を引いているんで、わりとなんでも好きだったなぁ
モデラーの性格類型 - 書物蔵shomotsugura.hatenablog.com

罫下や前小口に押す印は、隠し印ではないような


罫下や前小口に押す印は、隠し印ではないような… (・o・;) 隠れてないし(σ^〜^)
仮説ですが。 むかし実際に大学図書館で押していたんですが、特に名前は意識されていなかったように思うのです。 罫下印とか小口印とか、本の部分+印、というのは固有名としてはイマイチ また1980年代に本物の隠し印を押印していた図書館は皆無になっていたはず すると
すると、というよりそして、2000年代の、外注、委託全盛期を迎えると、なんでもかんでも、箸の上げ下ろしからマニュアル化しなければならくなるわけです。 行いとしては、真の隠し印はなくなっていた一方、ことばとしては残っており、 行いとして、罫下印が残っていたので、
たまたま残っていたことば、隠し印と たまたま残っていた行い、罫下への押印が くっついてしまったのではないかと思います。

「2000年代の、外注、委託全盛期」のマニュアル化…なるほど!モノゴトが形骸化していく"仕業"が、よくわかりました。 以前、隠し印を調べていた時期(5年以上前)に、知り合いの司書さんに「隠し印」のことを訊ねると、前職ではまだ押捺していたという証言がありました。東京の某巨大文庫です。

形骸化というか、消滅した後に作られる「新しい伝統」といったところでせうね(σ ・∀・) 貴姉の創造せる蔵書印DBは前近代図書に限らず図書一般の受容史の一部を実証する手がかり集として期待されまする

NDLサーチにインプロセス書誌が出る意義ないし意味はいかに?

https://pbs.twimg.com/media/EbjuGEFUwAANqTM?format=jpg&name=large

神保町のオタ
@jyunku
6月28日
国会図書館サーチで既にヒットするなあ。南陀楼綾繁・書物蔵・鈴木潤林哲夫・正木香子『本のリストの本』(創元社)(・∀・)

南陀楼綾繁
@kawasusu
6月28日
出版情報登録センターからの情報みたいですね。まだ校正やってる段階なのに、載っちゃっていいのかな。誰ぞが不祥事起こして、出なくなるとか…。

まぁ来週から鍵アカに戻すので大丈夫でせう (´・ω・)ノ 昔風にいへばin processの書誌データが、サーチだとずいぶん早くでるんですなぁ(゜~゜ ) むかしなら月報に業務報告が出て、作業の全体像がわかったものですが、長尾館長時代にグラフ雑誌化して現場レベルの報告は載らなくなり、わかんない

書誌情報とは云えない刊行前のデータ(実際変更も多い)を国会図書館サーチで検索できるようにする意味はないように思いますが。収集しても公開しなくてもいいのでは? 他でさんざん出るわけだし。

そこらへんは担当者がどういう発想をしているか、全然わかりませんです。 あと、サーチの発想は何でもぶっこんで何かでればいいでしょ、的な発想で、外来の人達―正確には同志社の原田隆史先生―が創ったものなので、いまの担当がコンセプトをうまく説明できるかどうか…

サーチのそういう位置づけって、利用者には判んないですね。整備されていないデータでも、とにかく引っかかれば調査の手がかりになるという考え方は理解できますが、それと、刊行前の情報を載せるというのは話しが別だと思いますが。

>判んない
Me tooです。ここ十年くらゐ、どういうつもりでやってるのか論理がよくわからんので、むしろ結果から考えるようにしています。
>話しが
本のDBだとそもそも考えてないのかもしれません。 本のDB,つまり刊行された図書のちゃんとしたDBはNDLオンラインへ投げてるつもりなのかなぁ…
話しませんでしたっけ… 長尾さんが初めての学者館長として来た時に、もともと人力でデータをつくる意味がわからんとこぼしていた館長へ、その意義を説明するのに失敗したとかいうウワサがあったこととか。
対比的なのは。 レファレンス業務もシステムをちゃんと作れば不要と思っていたらしいのに、こちらは存在意義の説明に成功したようで(次のエントリ後半を参照)。
shomotsugura.hatenablog.com

洋ピン誌のうち、いちばん上品路線だったDICK

まだ日が高いのにすまんが ブックカバーチャレンジ6日目 1984.12創刊号
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これは、インターネット普及前には3,4誌あった洋物ピンク雑誌、略して―洋ピン誌―のうち、いちばん上品路線だったもの(σ ・∀・) どんなジャンルであれ複数誌が成立していたとすれば、それぞれ特色が出たのが昭和時代といへませう 総会屋系総合誌だって、それぞれ性格が異なったらしいし
以前、実際に関東一円の古本屋を経巡ってゐた頃に、気になって集めていたもの。 その後の何度かの引っ越しで散逸してしまったが、一時、全部そろえたなぁ(^-^;) この前、さるところで解説に現物を改めて見たら、創刊号には、ビニ本出版史の記事があって出版史史料にもなると気づいた(゜~゜ )f:id:shomotsubugyo:20200801100454j:plain:w360
最初は男の子のたしなみとして買ったんだが、途中である女優さんのファンになり、直接英文で紙メールをやりとりしたことがあったなぁ(*゜-゜) ってか、一時期はそこに就職しようかと考えたこともあったな。まじめに米国へ特派とかしていたし。

いつだったか、多少は図書館情報学のたしなみがあるカタロガーに、この時期、つまり1980年代以降のこの手のもの―和製コンテンツでいへば、フルーツ物―は、端的に言って抄録誌なんだよ、と言ったら、おどろいて笑ってたなぁ
実は広告と合わせて読まないといけんかったのには、あとから気づいたウカツなわちきであった(σ ・∀・) と、読書史、出版物受容史の一環として、さる人々に講義したのはこの前のこと(^-^;)
このまへ某先生と読書史でZoom懇談した際に、こんな話をした。

図書館学の人って、軍隊読書、って話になると、あゝアメリカのアーミーエディションね、って話になる。それはそうなんだけれど、それよかガーリーマガジンが読まれてたはづだよ。

あ、だからノーズアートなんか自然に出てくる…(・o・;)ほへー
「読書」の概念を拡張して考えれば―そこが研究上の手練手管になるんだが―読書史はオモシロくなるのぢゃ (´・ω・)ノ

あるDBがいつまであったのか? これはとてもむずかしいお題

蔵書印/出版広告
@NIJL_collectors
6月27日
折角なので、関連するDBの自分ツイートを、リツイートしておく。他の情報があれば、ご教示よろしくお願い致します。m(_ _)m

科研費が取れる程度に小さいDBを、省庁や位階別に切り割りして作るのは、いかがか、などと考えちゃふ (´・ω・)ノ 朝鮮や台湾総督府みたいに一括、全員のDBがよろしいのだが。
あるDBがいつまであったのか? これはとてもむずかしいお題で。 いつからか、はやってる当事者が宣伝するから割と簡単 (´・ω・)ノ こういうときには、あそこのDB登録の記録を見るべぇとて見たら…
2018年あたりからインターネットアーカイブによるクロールを拒否しとるような結果になり、残念(´・ω・`) https://web.archive.org/web/*/https://rnavi.ndl.go.jp/humanities/entry/post-11.php*1
こんなこと言いたくないけど、自分らの組織が日本国と同じ程度に存続すると思ってんだらうなぁ… 小泉改革での館長二階級降格を忘れてはいけない 自国ネットのバルク収集すらでけんかったんだし、いまの自分たちの組織を生んだアメリカ様の民間団体にクロールしてもらうぐらいの展望はあるべき
日本での国立図書館事業史で、事業内容による時代区分を考えないといけないんだが、もちろん制度も重要で。
https://shomotsugura.hatenablog.com/entry/20050315/p1

*1:2019から???

データ自体が消滅しちゃうDBの媒体変換:紙カードからPCへ、メインフレームからクライアント・サーバへ

亀山インター
@rei_akao
6月27日
各種学術データベース、勉強がてらPHP+MYSQLで作りましたーという所は無くなり、特異な担当者が作り上げた芸術品みたいな所は担当者の卒業・転職で無くなり、科研費もらって作った所は予算が切れたら無くなり。。。。

結局、OwnCloudやインフォコムさんのInfolib等導入しているしか生き残らんか

結局それって、国立中央図書館でもおんなじ図式だからいやんなっちゃふ(゜~゜ )
国民向けレファ部門が廃止されて以降、小型中型の重要DBが続々廃止
最近だと新聞紙の紙名変遷DBとか
科研費で小DBが出ては消え出ては消えする以前。 紙メディアonly時代ハ。 事実上、カードしかデータ処理できる媒体がなくて。
1. DBのニーズがあると個人が検知 2. その個人がデータ源を発見 3. データをカードに転写、蓄積、配列=紙DB成立 4. 3の一部が公益性、収益性がでてレファ本として出版 ってなパターンがあった。 ユーザには4の段階でしか見えなかったが。

亀山インター
@rei_akao
6月27日
昭和の御代、『知的生産の技術』を見て研究者個人が作った京大式カードによるデータベース。あれも蔵書と一緒に古本屋に売ってくれればいいですが黒歴史と思っているのか中々出てきませんね。

さすが目の付け所が違う亀山インターさん(σ ・∀・) どうも旧来の古本屋さんには、カネにならないものと思われていて、宅買いでも引き取られないと見ています。
ここ15年ほど東京圏の週末展をほぼ毎回チェックした経験からいうと、カード類が販売されたのは2回ぐらいです。 たしか1回は民俗学系の学者が作ってたカードを月の輪さんだったかが出していて。
古本フレンズの森洋介さんが気づいて、民俗学の先生に教えてたことがありました。 かさばるし相場もないしで売りづらいのだろうと思います。

亀山インター
@rei_akao

·
6月27日
返信先:
@shomotsubugyo
さん
パソコンが導入され、桐やファイルメーカー等カード型データベースに移行した時カードは処分した所が多いですからね。 (当時、電子化すれば後世まで残ると思ってたけど結局消えていっちゃった。)